« 自分でもよくわかっていないんだけど | トップページ | 『夜は短し歩けよ乙女』読了 »

2007.03.07

『暗闇にヤギを探して(2)』読了

027489510000
暗闇にヤギを探して(2)』(穂史賀雅也/MF文庫J)読了。

物語の前半では、主人公の草加合人が”恋”をするという価値観を確立させるために、いろいろな人に恋というものを尋ねるシーンが続く。個人的にこのあたりがとても好きなところだ。ここでは、恋に関するさまざまな人のさまざまな捕らえ方が提示されていて、主人公がそれを一つ一つ汲み取り、(はっきりとは描かれないものの)自分なりに恋と言うものを定義していこうという過程がとても面白かった。曖昧なものを曖昧に出来ない主人公の特性と、曖昧にしておけない彼の誠実さを現しているとともに、人を好きになることの不可思議さ、つまりハッキリ割り切ることが出来ることもあれば(浜は恋を契約だと言う)、それが出来ないこともある(風子は恋を狙撃と言う)と言う矛盾した思想が語られており、その表現が極めてスリリングであると感じた。

ところで、新しく登場したヒロインであるまひるについては、彼女は千早先輩や風子とは違い、自身が(美)少女であることに極めて自覚的な存在として描かれている。彼女の能力は明らかに”少女”としての魅力の言い換えであって、彼女はその力によって暴君として振舞うことが出来、結果として現実を生きることを拒否されている。結果、彼女は正しい価値観を得ることが出来ず、『本当』と言うものに対する過剰な憧れと独占欲を抱いているが、実際には『本当』なんてものはこの世にはなく、あるのは彼女が本当だと思っている嘘と、嘘だと思っている嘘でしかない。彼女が本当だと思っているものは、それこそただの幻想に過ぎないということを認められないという哀れさを内包している。それはつまり風子の台詞の通り、彼女の能力によって彼女は無自覚の暴君として存在し、その力が届かないがゆえにその対象に惹かれるのだが、その対象はそもそも彼女の力が及ばないがゆえに彼女のものには決してならない。それは彼女とは無関係のものなのだ、と言うことに気がつかない幼さから生じる全能性と言っても良いもので、その意味では彼女の年齢を定めた作者は確かに意識していることなのではないか、と思いもするのであった。

|

« 自分でもよくわかっていないんだけど | トップページ | 『夜は短し歩けよ乙女』読了 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/14170540

この記事へのトラックバック一覧です: 『暗闇にヤギを探して(2)』読了:

« 自分でもよくわかっていないんだけど | トップページ | 『夜は短し歩けよ乙女』読了 »