『マルドゥック・ヴェロシティ』読了
『マルドゥック・ヴェロシティ(1)(2)(3)』(冲方丁/ハヤカワ文庫JA)読了。
結論から言おう。
冲方丁は阿呆である。
前々から決して利口なタイプではないと思っていたが、今回でその確信を深めた次第である。ま、そもそも利口な人間がライトノベル業界と言うシステムを変革しようなんて思うわけ無いけれども。単なる自信過剰か、あるいはそれを成し遂げる意思と実力がないとそんなことを考えるはずも無い(無論、冲方丁はそのどちらもを持っていると思うが)。
そんなことはどうでも良い。冲方丁が阿呆だと言う話だ。
さて一体冲方丁の何が阿呆だと言うのか?
それはまずジェイムズ・エルロイと山田風太郎を足して割らないままウブカタ分を掛けてしまった挙句にSFにまでしてしまった上に、今まで冲方丁が描いてきた個人的倫理と社会的承認のすり合わせと言うテーマを”失敗”してしまったボイルドという男を主人公にしてしまったことである。
大体、エルロイと山田風太郎を足してしまうと言うだけでもかなりムチャクチャな発想だと思うのだが、そこにさらに冲方丁があえて描いてこなかった人物と物語をぶち込むと言うムチャの上にさらにムチャを積み上げるようなものである。まったく作者はマゾなのか?と正気を疑ってしまうところだ。僕が阿呆だと思うのは、まさしくそういうところである。自分をひたすらに追い込み続けすぎる。
なお、個人的に冲方丁は、生きること(そのもの)の暴力性とそれを律する理性(あるいは人間の持つ善性、克服への意思)のせめぎ合いと、その結果としての(内的、あるいは外的な)承認という過程が常に表われてくるのだが、『マルドゥック・ヴェロシティ』において、ボイルドはそのすべてに失敗している。彼は生きることそのものの暴力に飲み込まれ、内面の虚無に支配され、自らを認めることさえ出来ずに終わってしまう。男が望んだことは何一つ報われず、彼は何一つ救えず、ただ男が生きた虚無の焼け跡が残るのみだ。
こんな物語は、実は冲方丁にしてはとても珍しい。と言うよりも、デビュー以来初めて書いた作品だと思う。作品の是非よりもなんでこんな作品を書いてしまったのか、と言う点にむしろ興味をひかれるのだが、それはさすがに作者のみぞ知るところだろう。ただ推測と言う名の妄想を連ねていくのなら、冲方丁は傑作を書くときは大抵”冲方丁”自身が(良くも悪くも)表に出すぎると言うか、人生を削って書いていると言う感覚があるのだが、まさしくこの作品にはその匂いがあって、必死になってひた向きに走り続けて来た作者の苦闘と言うか迷いが表出しているように感じられるのである(のだが、まあ、それはさすがにファンの妄念と言うものだろう)。そりゃ作者も嘔吐するのも無理は無い話だと(勝手に)納得は出来る。
だが、僕がこの灼熱の暗黒に満ちた小説を読み終えたときに感じたのが、すべてを失った喪失感でもなく、悲劇的な結末に対する鬱屈した念でもなかったのは、いささか自分でも驚いた。僕が感じたのは、すべてをなぎ払った虚無の爆心地において、すべてが消えてなくなった焼け野原で、もしかしたら新しい芽が芽吹くかもしれないと言う、ただそれだけの希望の感覚なのだ。それはO9が崩壊した後で生まれた”事件屋”という制度なのかもしれないし、”彼女”についてのことなのかもしれない。ただ感じるのは、ボイルドの虚無は、彼自身にとっては何一つ残さなかったかもしれないが、彼の後に続くものたちに繋がる虚無≠形の無い遺産を残したと言うことなのだろう。
それだけでも十分なのだ、と思わせられるところに、おそらくは冲方丁の真意があるように思えるのだ。
なお、文体におけるエルロイの(正確にはその訳文の)再現度は凄まじく高いと思う(まあエルロイを最後に読んだのもかなり前なので、記憶しているかぎりではあるのだけど)。最初に読んだ時は思わず笑った。カトル・カールたちの奇人変人ぷりも山風を思わせる荒唐無稽さに満ちている。本当にアホだ!最高にも程があります。
と言うわけで、エルロイと山田風太郎が好きな人は何が何でも読むべき、です。そんな人がいれば、の話だが…(オレオレ~)。
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コメント
吉兆さんこんばんは。
僕もこれを読んですぐに「甲賀忍法帳」を連想したんですが、エルロイ+山風と言われるとなるほど、という感じです。エルロイは「ブラック・ダリア」を10年くらい昔に読んだだけで、その時は自分の好みにしっくりこなかったのですが、「マルドゥック・ヴェロシティ」は楽しめたので、自分の好みが変わってきたのかな。
それにしても、冲方丁ってのは業の深い作家ですね。こんな調子で書いていたら精神が持たないんじゃないかと心配になります。
投稿: たけ14 | 2006.12.17 00:52
たけ14さん、書き込みありがとうございます。
エルロイの影響と言ってもたぶん受けているのは文体ぐらいだと思いますので、好みが変わったとは一概には言い切れないのではないかと。これ、文体以外はいつものウブカタ作品だと思うんです。
ところで個人的見解で恐縮なんですが、僕はこの作品を悲劇だとは感じないんですよ。ものすごく深刻で真剣な作品ではあると思うんですが、自分の出来ることを全力で取り組み、結果的には潰えたわけですが、彼のやろうとしたことは、虚無を飼いならしウフコックを絶望させないバロットに引き継がれたわけですから。
あと、このシリーズの続編は僕も期待しているのですが、きっと冲方丁が何がしかの答えを得るまでは書かれる事はなさそうですね。あと10年ぐらいは待つつもりでいた方が良いかもしれませんねえ。
投稿: 吉兆 | 2006.12.17 19:02
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