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2006.07.14

『失はれる物語』読了

失はれる物語』(乙一/角川書店)読了。

まあ全部すでに読んだことがあるけどな…、と言うわけで見事なまでに角川に踊らされております。もともと角川スニーカー文庫収録作品はそこで読んで、ハードカバー版『失われる物語』でもう一回読んで、文庫版でさらに読んでしまった…なんか文句ある?

まあ改めて読んでしまったところでは、やはり『手を握る泥棒の話』の出来のよさが光ると思う。強烈なインパクトを残すわけではないが、何度読んでも面白い。ご都合主義にしようと思えばいくらでも出来そうな設定なのに、主人公とヒロインの接点が本当にあれだけ、と言うのがいい。なんとも言えない余韻がある。

学生時代に一番好きだった『CALLING YOU』は、今読んでみるとかなり恥ずかしい。自分のぐるぐる空回っていたころのことを思い出してしまった。この話は、ある種の不安定な時期にだけひきつけられる類の物語なのだろう。まあ空回っているのは今でも変わらないが、なんだかんだで鈍感になっているからなあ。

『傷』はきつい。子供にすべての痛みを押し付けて逃げ出す大人とか、その痛みに耐え続ける子供とか、もうどうしようもなくいたたまれない。だって僕はもう大人なんだもんよ。子供に犠牲を強いる、強いてしまっているんだもんよ。

『失はれる物語』は…もうなんとも言えん。今の僕には孤独の中に埋没することは耐えられんのだ。この主人公の行為は英雄的さえいえるが、積極的に肯定は出来ないな。

『マリアの指』は実に乙一らしい青春ミステリのような気がする。

それにしても『しあわせは子猫のかたち』相変わらず完璧な作品だな!世界と上手く対峙出来ない主人公が、この世ものならぬ存在とのコミュニケーションを通じて一歩を踏み出すと言う話。コミュニケーションの距離感がこのころの乙一の特徴だったよなあ。

『ボクのかしこいパンツくん』については…ノーコメント。これは本当にトランクスを手に入れておかないと意味がないな。

そして問題の『ウソカノ』だが…うーん、なんと言ったものかな。結末の明るさとか前向きさとかは別にいいのだが、問題は”ウソカノ”の扱い方にある。主人公が好き勝手弄り回して勝手に傷を癒して、ぽい、か!まあ妄想の積極的肯定ってやつか?と思ったがそこには一抹のいやらしさがある。願望充足小説特有のやつだ。オタクにとっての妄想の価値、と言う感じがして、あんまり素直に受け取る気がしねーなー。

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コメント

「ウソカノ」=願望充足系。なるほど…。

例えば「子猫」と比べて…具体的に違いを表現する言葉が見つからないのですが、「子猫」における主人公と幽霊のコミュニケーションが双方向というか、互いの不足を埋め合うようなものだったのに対して、ウソカノと主人公のそれは一方的なものであるような気がします。
ただ、ウソカノとの別れは主人にとってやはり「痛み」だったと思うし、そういう痛みを読者に伝える上手さは流石乙一さんだと思いました。

投稿: たけ14 | 2006.07.16 00:40

たけ14さん、こんにちは。

「うそかの」と言う作品を否定するつもりは毛頭無いんですが、ややオタク的な物語になってしまったかな、という気がします。なんだか滝本竜彦氏が書いていそうな話だと思うんですよね。

一方的というはまさしくおっしゃるとおりだと思います。あとはそこの解釈次第で作品の評価が変わってくるのでしょうねえ…。

投稿: 吉兆 | 2006.07.16 18:12

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