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2006.06.15

『小指の先の天使』読了

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小指の先の天使』(神林長平/ハヤカワ文庫JA)読了。

これ、神林長平の20年間で散発的に発表されてきた短編をまとめたものなのだな。それなのにひたすら同じテーマを繰り返し繰り返し語りなおしているあたりがいかにも神林長平って感じだった。いやもう、本当に神林長平って何を書いても神林長平なんだな。いやはや。

相変わらず現実と虚構の境界を行き来しながら現実の中の虚構、虚構の中の現実をあぶりだしつつ、結局のところは世界がどのように変容しようとも、人間はその中でどのように生きていくべきか、ということを神林長平がその作家生活のある時点で回答しているという意味ではこれは小説でありながらなかばエッセイ的な存在であるといえるかも知れないが、そもそも神林長平はそのような逃れようも無い自己言及性を抱え込んだ作家であるからして、読者としては神林長平の語り、というよりもその独白をひたすら聞き続けることになるのだ。

内容については他にいろいろな感想が書かれているし、いまさら僕がなんだかんだと付け加えるものが無いような気がする(決して手抜きではない)。いつもどおりの神林長平であったと。物語を語ることに対する自覚的な世界認識の構造と、人間の現実と意識の不確かさを会話、すなわちコミュニケーションによって確立させようというもがきとか、まったくたまらないものがある。”リアル”であるということに対してあまりこだわりが無く、かといって虚構であるだけでは満足しきれず、ただあるがままに世界を受け入れていこうとするその姿勢は、おそらくは猫に象徴される”個”して立つというところに根ざしているのではないか、と思わず妄想してしまう。世界に対して個であろうとしながらも、それでも対話(誰に向かって話しているのか?)が重要視されている、というところにどうしようもない矛盾があるのではないか、という気がするのである。

矛盾を抱えて生きる、なんて詰まらんことはいわないが、矛盾があったっていいじゃん、というぐらいには開き直ると行きやすいのかも。そこにはまるで現実であることに囚われず、虚構であることに束縛されないで”生きる”猫のような軽やかさにも似た美しさがあるように感じられるのである。

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