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2006.05.31

アニメ版『Air』を見てみた

ちょっとした機会があったがあったので『Air』(アニメ版)を見てみた。

全然分からない。

ちなみに、僕はPC版にチャレンジして、OPまでたどり着いたところで挫折している。

言い訳をするようだが、もう全然わからんのだ。この作品は。

この作品を見ていると、自分の中にある物語の文法とあまりにも異なっているため、だんだん認識がゲシュタルト崩壊を起こし始めて自分が何を見ているのか分からなくなってくる。ゲームをやっていた時は、OPまで進めたところで慌てて中断した。それ以降は手を触れていない。

それがなぜアニメを、それも今頃になってみようかと思った理由はさまざまだが、まあ京都アニメーションで評判が良かったからというのと、そう言うタイミングだったからな(よくわからないよ)。

まあそう言うわけでアニメ版を見てみた。

やっぱり全然分からない(おい。

まず、観鈴というメインヒロインのキャラクターにしても、その行動を見ているだけで自己のアイデンティティが揺らぎ始め、七転八倒する苦しみを味わう。なんだこの生物は。さっぱり意味がわからん。

その後の展開もわけがわからん。作者の行動原理が読めん。何を考えてこんなシーンを挿入したのか全然意味がわからない。

アニメになって、分かりやすくなったと言うが、その上でこれか。恐ろしい作品だ。

だがしかし、7話ぐらいまで頑張って鑑賞している内に、ようやく何かがつかめて来た。

エウレカ!

おそらく、この物語は理屈ではないのだ。感覚と感情がすべてなのだ。

この作品においては、奇跡はただ奇跡であり、そこに理屈は無い。偶然なのか、必然なのか、なんらかの意図が働いているのかすらどうでも良いのだ。

登場人物たちの感情がすべて。彼ら、彼女らの内面で、事件がそれぞれに解釈されていればそれで物語は終わるのだ。

つまり主観のみの物語。そこには客観的な事実は無いし、必要ない。

あるのは、人々が世界を捉える認識だけなのだ。

あー納得した。
 
 
とても面白いじゃないか、これ。

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底には底がある

テンションがデフレスパイラル中…。

1.『バイトでウィザード 唱えよ安らぎの歌、と星は輝いた』 椎野美由貴 角川スニーカー文庫
2.『エアマスター(28)』 柴田ヨクサル 白泉社
3.『銃とチョコレート』 乙一 講談社

乙一もミステリーランドに書くんだなあ、と感心した。と言うか小説を書いていたんだ…。それはともかく乙一は残酷さと抒情と温かさをユーモアを交えて描けると言う意味で、児童小説家としては完璧な特性をもっていると思う。それはともかくジョジョのノベライズは何時ですか?既に3年間ぐらい待っているような。
エアマスターは見事に完結。出来ちゃったで終りとは…。

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2006.05.29

『がるぐる!Dancing Beast Night<下>』読了

がるぐる!Dancing Beast Night<下>』(成田良悟/電撃文庫)読了。

まさにフェイクによるフェイクのためのフェイクとしか言いようの無い作品である。この作品、というより成田良悟の作品には、あらゆる意味で「リアル」は存在しない。現代に即した「リアリティ」はまったくないし、綿密な事実に基く「現実感」もなく、共感を呼ぶ「同時代性」すらない(あるいはこの”速度”は同時代性があるのかもしれないが)。すべては偽物、フェイクである。

作者が作品の中で動かしているキャラクターたちの考えていることも喋っていることも、すべては徹底してむちゃくちゃであり出鱈目ばかりであり、そこには某かの真実、真理などは口にしたくとも見当たらない。あるのはその場しのぎのノリとハッタリと思いつきであり、必然的に彼らが紡ぐ物語も必然性もドラマも何にもなく、ただただ突発的な偶然が並列的に連鎖していく過程を描いているだけに過ぎない。ここにあるのは、ただフェイクだ。物語のフェイクなのだ。

はっそれがどうした?
 
成田良悟の作品には、フェイクをフェイクとして認めながら、フェイクである事を肯定する明るい開き直りがある。その開き直りっぷりはある意味すごく”若さ”ゆえの衒いの無さのように見えて、けっこう深いところでは屈折しているようなところもあって、そこが単に楽しいだけの作品にはしていない”暗さ”あるいは”歪み”となっているように思うのだが、そこはもしかすると少数派の意見かもしれない。しかし、すくなくとも成田良悟自身は、相当に自分がフェイクであることに自覚的にあるように思う。その象徴的な存在であるのがケリーだ。彼女は”オリジナル”な自分を持たず、彼女の人生はすべてが借り物だ。まさしく上っ面の人格でしかない存在なのだが、しかし、彼女は自分がフェイクでしかないと言う事を知りながらも、フェイクであると言う事に積極的に意味を見出し、誇りを持って生きようとしている姿に、僕は成田良悟自身の姿が見えるように感じた。

本物か偽物かなんてどうでもいい。要は守るべき何か、大切にすべき何かがあるかどうか、って事なのだ。大切なものがあれば、きっと偽物だって本物になれる…と良いなあ(まあそんなところだろう)。

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2006.05.28

『永遠の戦士 エルリック(2)この世の彼方の海』読了

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永遠の戦士 エルリック(2)この世の彼方の海』(マイクル・ムアコックハヤカワ文庫FT)読了。

「この世の彼方の海」の戦いと言うのは、実は”エターナル・チャンピオン”のエピソードとしては実はクライマックスの一つと言っても良い物語なのだが(ホークムーン・サーガだとそれが分かるのだが)、エルリック自身にとっては単なる通りすがりの1エピソードに過ぎないのが面白かった。はっきり言ってこの時点でのエルリックは単なる通りすがりに過ぎず、何でこんな冒険に参加したのかさっぱり分からんのだが。まあエルリック、エレコーゼ、コルム、ホークムーンと言う転生した同一人物たちの共闘というファン向けのドリームエピソードみたいなもんかね。

今回読み返してみたところ、やはり発表順の違いによる違和感があった。「夢みる都」はエルリックファーストエピソードであると同時にムアコックのデビュー作である事も考えて、多少ぎこちない部分があるのはしょうがないとは思うのだが、エルリックのキャラクターがどうにも激変してしまっているのはやや説明が足りないように思った。すべてに裏切られたエルリックが絶望に陥り、自暴自棄で物憂げな性格に変貌するには、単にイイルクーンが謀反を起こしただけでは足りないような気がするのだが。自分の国を滅ぼそうなんて、それまでのエルリックには考えられない発想だしなあ(国をよりよくするために諸国漫遊をしていたんだろ?)。これ以降のエルリックもやたらと女々しいし。クチグチ文句を言ってばかりだ。

ところで最後の解説を読んで仰天。エ、エルリックサーガの新作が読めるだと!しかもタイトルが超意味深。「夢盗人の娘」だの「白き狼の息子」だの…。ま、まじっすか。

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2006.05.26

憂鬱な気分は借金取りに似ている

なかなかバイオリズムが復調してくれない。いい加減自分でも鬱々としているのには飽きてきているのだが、こう言う時は陽性の感情は退行し、陰性の感情が幅を利かせてくるので非常に困る。早く出て行ってくれと説得しても聞く耳をもちやしない。なんちゅー性質の悪いやつらよ…(おっとまた陰性の感情が出ちまったぜ)。

1.『エマ(7)』 森薫 エンターブレイン
2.『機動旅団八福神(4)』 福島聡 エンターブレイン
3.『ABARA(上)(下)』 弐瓶勉 集英社
4.『時をかける少女(新装版)』 筒井康隆 角川文庫

『エマ』のすさまじい厚さにはのけぞった。これは二分冊にしても良かったのではないか?と思ったぐらい。内容は相変わらず端整で素晴らしい。ヨーロピアンゴシックを見事に紙面に再現している。まったく端整も極めれば十分にキ○ガイと言う事が良く分かりますなあ。森薫はすごい作家だぜ。
『機動旅団八福神』がまた素晴らしく面白い。まさかここまでロボットもの、戦争ものとして面白くなるとは…。現代の戦争とロボットものとして見事な融合と言える。微妙な国際情勢下では、強力なロボット兵器と言えども外交のカードならざるを得ないシビアさがいい。同時に青臭さ全開で戦争に没入する主人公、名取がなんか格好いい。
『ABARA』がまた弐瓶勉のなんだか良く分からん美学とハイスピードアクションと圧倒的なイメージ力が炸裂していて参る。まったくなんてシグルイだよ!説明セリフと状況説明と背景描写をほとんど殺ぎ落としたこの作品は、はっきり言って全部読んでも内容がさっぱり理解出来ないのだが、この作品に理屈はいらねえ。ただ感じるべし。

つまり今日買った漫画は全部超傑作揃いだった。…いやあ、僕、日本に生まれて良かったなあ。こんな漫画を当たり前のように読めるんだもんなあ。

『時をかける少女』は貞元氏が表紙を書いていて笑う。なるほどアニメつながりか…。

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2006.05.25

『七瀬ふたたび』読了

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七瀬ふたたび』(筒井康隆/新潮文庫)読了。

超能力は単なるスパイスで、あくまでもドロドロに崩壊しまくった家族関係の妄念を描いた『家族八景』に続いての七瀬シリーズではあるが、前作に比べると随分とストレートな超能力物になっている。一般人からは迫害され、逃げ続けることしか出来ない超能力者、というモチーフは今となっては手垢がついたと言えなくも無いけど、考えてみれば椎名高志の『絶対可憐チルドレン』でも同じことをやっているわけで、このテーマの普遍性には感心してしまう。
しかし、超能力ものにシフトしたとは言え、これでもかこれでもかと描きぬく唾棄すべき人間性の暗黒は健在であり、このいささか滑稽とさえいえる悪意の描き方が無くして七瀬シリーズは語れないと思った。そのくせちょっとばかりハートウォーミングな話にもなっているし、超能力者たちが、超能力者を狩る組織に対して凄絶な抵抗の物語ともいえるようであるし、なかなかエンターテインメントとしても素晴らしかった。

しかし、一番印象に残っているのが筒井康隆はエロいなあ、と感じたことだった。描写がどうこうと言うよりも、シチュエーションがエロい。もうどうしようも無いな…(僕が)。

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2006.05.24

『GOSICsⅡ -夏から遠ざかる列車-』読了

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GOSICsⅡ -夏から遠ざかる列車-』(桜庭一樹/角川ミステリー文庫)読了。

一弥とヴィクトリカのなんでもない夏休みを描いた連作短編集。まさに『ベルゼバブの頭蓋』を前にした嵐の前の静けさみたいな作品。誰一人いなくなった学校の中で、ひっそりと日々を過ごす二人の聖域の秘めやかさこそがこの作品の最大の肝であろうか。謎っぽいものもあるし、二人の近づいているようで離れている関係、のように見えてベタベタな二人の関係も楽しむことが出来るが、僕がもっとも強く感じたのは静かに閉じているがゆえの完璧な世界だったのだ。お互いがお互いのことを考え、言葉を交わし、時間を共有するその過程こそが、とてもいとおしく儚げに描いているところがこの巻の白眉ではないかと思った(…決して引きこもり小説とか言わないように)。

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鬱期突入中

やる気がおきーん。頑張れなーい。もうだめだ。かなり。あーあ。

1.『ZOO(1)』 乙一 集英社文庫
2.『ZOO(2)』 乙一 集英社文庫
3.『青葉くんとウチュウ・ジン(3)』 松野秋鳴 MF文庫J
4.『ジェーンブライド上等。』 三浦勇雄 MF文庫J
5.『ミッションスクール』 田中哲弥 ハヤカワ文庫JA
6.『もやしもん(3)』 石川雅之 講談社
7.『ヨコハマ買出し紀行(14)』 芦奈野ひとし 講談社
8.『怪物王女(2)』 光永泰則 講談社

まあ乙一は買っておこうと思うんだけど、これで乙一がますます仕事をしなくなったらどーしよー…。洒落にならん。あと田中哲弥の本がちゃんと出たことは地味に事件だ。新刊としては何年ぶりだ?もちろん『ヨコハマ買出し紀行』が完結したことは言うまでもなく大事件である。12年間(だっけ?)お疲れ様でした。

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2006.05.23

『火目の巫女(2)』読了

火目の巫女〈巻ノ2〉』(杉井光/電撃文庫)読了。

面白かった。

1巻に引き続き僕の感覚の非常に良く馴染む作品だと思う。気取った言い回しをあえてしてしまうと、例えば、ただ”生きる”と言う事そのものへの懐疑と、それでもなお人は生き続けることを選ぶのだと言うぎりぎりの選択があると言える。また自分自身の”届かなさ”に打ちのめされる主人公の、まっとうな成長物語になっているのも大変に心地よいとも思う。

僕とっては”生きる”ことへの懐疑や、”届かない”ことへの無力感というものは非常に近しいものがあるのだが、この物語には、それらを踏まえたうえでこの世の理不尽を怒り、乗り越えようと言う意思が感じられるのである。

一見ギャルギャルしい包装はされているものの、この物語は(世界に対する疑義を含めて)非常に健やかな物語であると感じた。僕のもっとも好きなタイプの作品だと思う。

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2006.05.22

『リリアとトレイズⅣ イクストーヴァの一番長い日<下>』読了

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リリアとトレイズⅣ イクストーヴァの一番長い日<下>』(時雨沢恵一/電撃文庫)読了。

何度考えても分からないのだが、これを分冊にする必要は一体どこにあったんだ?普通に一冊にして出せばよかったじゃないか。やはり商売だろうかね。

まあ面白かった。少年少女の冒険物と言うにはあまりにも時雨沢恵一らしい邪悪さに満ち溢れていて首肯しがたいのだが、しかし、トレイズのやろうとしたことは、まったく無駄であったわけではないにせよ、基本的に無力で何かをなすためには大人の力を借りてなんとかしたあたりに子供である事の無力感が良く表れていてクールだった。エンターテインメントとしては完璧に間違えていると思うけど。ただ、このようなシビアさこそがこの作者の魅力であると思うし、決して願望充足小説には向かわないこだわりにも非常に好感が持てた。

ただ、一般的に見ると、リリアとトレイズの親世代ばかり活躍していて、主人公たちは少しも胸のすく活躍をしてくれないと言う不満はあるかも知れない。エンターテインメントととしては失敗していると思うのはまさにその点なのだが、能力も権力も責任もある大人たちそっちのけで主人公たちが活躍してしまったら、そっちの方が納得出来ないと思う僕としては何の不満もないなあ。

ところで国のために平気で殺人を犯せるトレイズはマジで恐ろしい奴だと思った。こいつは超大物か最悪の危険人物のどちらかだな…。良くも悪くも小市民(でもテンパると”キレ”てとてつもなく暴走する)リリアとは色々な意味で対照的な組み合わせだと思うのだが、もしかして、この二人ってあんまり上手くいかないのでは…とかどうでもいいことを思った。

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2006.05.21

『お留守バンシー(2)』読了

お留守バンシー(2)』(小河正岳/電撃文庫)読了。

前作できちんと話が終わっていたので、果たしてどのように続けていくのかと思っていたらアリアちゃんのワガママとブラド卿の勘違いが織り成すドタバタコメディになる模様。うむ、妥当なところだろうか。

相変わらず登場キャラに無駄がないなあと思うとともに、どちらかと言うとストーリーそっちのけでキャラクターたちのコミカルな一幕を楽しむタイプの作品だと言う事を改めて認識した。

なのでストーリーに関して語れるところが少ない。と言うわけで以下箇条書き。

・とりあえず前の話では相当に飛ばしていたルイラムさんが、この巻でもやっぱり相当にかっ飛ばしているのが印象が残った。基本的にはまともな人格者なのに、ふとするとどうしようもなく壊れてしまうのがおかしくてしょうがない。ボケにツッコミに下ネタも出来るとは…何たる逸材。聖職者にしておくのは惜しいぜ。

・イルザリアがマジで魔性の女だったのも驚愕と言うか笑えた。あんまり自覚がないだけにあまりに性質が悪いなあ。

・ブラド卿のビジュアルは、とくに理由も無く中年紳士をイメージしていたのだが、意外にも美青年という外見だったのは正直驚いた。また性格も刺が多そうで、なかなか気難しそうな割りに、アリアには優しいあたり(まあ泣かれると困るからなんだろうけど)もほほえましい。

・「殺らせはせん!殺らせはせんぞぉ!」には笑う。意外にネタの仕込みは多い。

・それにしてもどいつもこいつもノリが良すぎるぜ!離婚騒動まで持ち上がるあまりにアホな展開にはイルザリアの介入もあって面白かった。イルザリア、マジで人間を惑わす…。

・ドルジェの登場ですわサスペンスか、と思えば見事なまでに腰砕けなオチ。まあそんなこったろうと思ったよ…。

・誰もが思うことだろうが最後に述べておく。「続くのかよ!」

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日日日作品全般に関する納得のいかなさについて-『蟲と眼球とチョコレートパフェ』より

蟲と眼球とチョコレートパフェ』においてもっとも悲惨で不幸で救いの無いキャラクターは誰だろうか、と考えてみた。心を失ったうさりん閣下だろうか?それとも彼女を愚直に守り続ける賢木愚竜だろうか?あるいは救いの無い望みを抱えた眼球抉子だろうか。

僕が思うにそのどれでもないと思う。では誰がもっとも不幸なのかというと、おそらくは蛇に憑かれる前の”貴御門御貴”のような気がする。何故、彼が不幸なのかというと、彼は一切の救いを持っていないからだ。勿論、無念の死を迎えた時点で救いなんて何一つ無いし、死んでしまった人間はどうしたって救われないんだけど、彼の場合は、本来の居場所も、自分が大切にしてきたものも、恋慕する相手さえも”蛇”に奪われてしまっている。そして、それだけではなく、”その不幸をあらゆる登場人物から無視”されているところが、彼の最大の悲劇(あるいは喜劇)があるのだ。彼はまた読者に対してさえも何一つフォローをしてもらえぬ、一切の人間的価値を否定されたキャラクターであるのだ。はっきり言って、作品内で彼ほどさまざまなものに踏みつけにされている人はいないというのに、(おそらくは)読者の感情移入する先は蛇に憑かれた”御貴”であり、抉子となるようにこの物語は描かれている。

まあこれは今に始まった話じゃなくて、日日日作品においては、主人公たちがそれぞれに不幸を抱えながらも不条理に立ち向かう姿を描きながら、その一方で、主人公たち”以外”の存在に対する冷淡さ、無関心さがあるように感じるのだ。おそらく、僕が感じる違和感のようなものはここにあって、つまるところ”弱者”に対する無関心さにたいするものではないかと思う。踏みつけにされる人々にこそ感情移入をしてしまう自分は(ここでは”貴御門御貴”)、不快感を感じざるを得ない。

まあ、それが悪いと言っているわけじゃなくて、主人公たち以外とどうなろうとどうでも良いというのは僕には実は分からないでもないのだけど。実際、大切なものと言うのはそんなに多くない。家族とか、自分の周りの人とか。それを越えた範囲は”倫理”の問題と密接に関わってくる。その意味では、日日日作品は”倫理”を持たず、あくまでも個人的感情でのみ善悪を判断していると言えなくもないが、それは「きみとぼく」とか「セカイ系」とか(まあなんか良く分からんけど)は押しなべて”倫理”と”個人的価値観”が等価値になっているものが多いわけだから、別段日日日作品がおかしいと言うわけでも無い。しかし、今までの「きみとぼく」とか「セカイ系」の話に感じなかった不快感を日日日作品から受けたと言うのはなぜかと言えば、日日日が持っている”価値観”と、僕の持っている”価値観”に齟齬を来たしているということが出来る。”倫理”という社会的に共有出来るベースが無いため、個人的な価値観が作品を判断する上で重要になってくると言う事かもしれない。

それがどういう事なのかを一言で言うと…つまり「世代」が違うという事ですか。

(…ってなんだよその極当たり前の結論は!ここまで書いておいてそれかよ!ふざけんなオレ!バカ!!)

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2006.05.20

『まだ見ぬ冬の悲しみも』読了

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まだ見ぬ冬の悲しみも』(山本弘/ハヤカワJコレクション)読了。

『サーラの冒険』の最終巻も無事脱稿した(らしい)山本弘のハードSF短編集。ライトノベルとSFの垣根を意識的に越境したのは、おそらく山本弘が始めだろうと思うのだが、その後、”と学会”などの活動を経て(かどうかは知らんが)SF作家としての幅広い活動をしていて頼もしいのう。昔(サーラの冒険の続きが出なくて焦れていた頃)、色々な雑誌で山本弘の名前を見かけて、それまで富士見ファンタジアかせいぜい角川スニーカーでしか見た事が無かったこともあり、「こんな作品も書いていたんだ…」と感心したのも今は昔。最近じゃあそんなに珍しくもないのかな。

って誰が昔話を書けというた。

「奥歯のスイッチを入れろ」
タイトルらからも分かるとおりサイボーグ009の加速装置をつけている人のハードSFバージョン。超々高速戦闘における戦いを、物理法則に則って行うと…という感じ。あーなんか『銃夢』のザレム編(旧版の方ね)におけるガリィの戦いそのまんまだなあ。

「バイオシップ・ハンター」
なにこの清く正しい異文明接近遭遇SF抒情派は。生きている船、<バイオシップ>という存在が物語の核なのだが、異なる文明をもった生物とのコミュニケーションを描く、と言うにはあまりにおとぎ話的ではあるが、そもそも山本弘は物語には常に希望を持たせる作家であったので、らしくはある。最近はそうでもないか。

「メデューサの呪文」
ひょっとしたらSFホラーだったのかもしれないが、全然怖くはないのであしからず。それよりも言語文明ってイカス(死語)なあ。この世のあらゆる事象の上位概念として言語があり、言語はこの世のすべてをつかさどるってことは、あらゆる物語は真実であり、そこにはフィクションとリアルには区別がないってわけだ。あーいいなあ、それ。

「まだ見ぬ冬の悲しみも」
このタイムスリップ理論には確かに仰天した。しかしパラレルワールドの考え方としてはおかしいようなおかしくないような…。ちゃんと理屈は合っているような出鱈目のような…。この胡散臭さはまさしく”と学会”会長に相応しい詭弁っぽくて良かったよ。

「シュレディンガーのチョコパフェ」
認識崩壊系のSFかな。なかなか無節操に書きまくりますね山本弘は。あんまり可愛くない主人公の彼女がなかなか魅力的なんで、こういうキャラクターの立て方は斬新かもしれない。認識が崩壊する事例が特撮とかアニメだったりするのもある意味山本弘らしいなあ。

「闇からの衝動」
エロい。確か初出がかなり前(奥付を確認…1995年か)で、まだ僕が純情な学生だった頃(笑うところだ)、この奥歯にものが挟まったような淫猥なエロスに当てられて、ちょっぴり胸がもやもやしてしまったのも今では良い思い出だ。改めて見ると…幼キャサリンたんに酷いことするなあ。山本弘の鬼畜ロリコンスキーっぷりが良く表れていて、これまた山本弘らしい、と思った。サーラの冒険で、ヒロインであるデルの過去話(これまた作者の鬼畜陵辱ロリ好みが出ていた…)が出たときはびっくりしたのも良い思い出ですな(と言うか僕の思い出はこんなのばっかりだな…)。

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2006.05.19

『ルート350』読了

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ルート350』(古川日出男/講談社)読了。

「これは、僕としては初めてのストレートな短編集だ。」などと作者本人は言うておられる。まあ連作短編とか”短編のような何か”だったりすることがないという意味では珍しいのかもしれんが。ん?『gift』はまともな短編集ではなかったのか?

久しぶりに各話感想…にはなってねえ!

「お前のことは忘れていないよバッハ」
ポップでキュートでいっそスラップスティックに描かれる3家族の顛末は、子供たちに深い深い傷を与える。いつだって傷つくのは子供たちであり、その傷ついた事実を必死で乗り越えようとしている姿がポップでキュートになるのは当たり前のことなのだと思った。ある種の悲劇は涙では語れないのだ。
大冒険を繰り広げるバッハを探して彼女たちもまた旅を続けている。お前のことは忘れていないと、これからも忘れないだろうと旅を続けるバッハに向かって届かないかもしれない言葉を投げかけ続ける。
ただ、それだけが本当のことだ。

「カノン」
フィクションとリアルとフィジカルとイデオロギーが対立し、対立しあう概念から生まれるのはいっそ気恥ずかしくなるほど”愛”なのだ。一目見たときに、彼と彼女はお互いの中に覗き込む自分自身を発見し、そこにフィクションとリアルを幻視する。虚構を愛する少女と現実を信奉する少年の相違は、単に思想の違いに留まらずただ果てしなくリズムにのってのみ止揚される。
音と鼓動に満たされた世界の何たる幸福な事よ。
そこにはただ命と心だけが在る。

「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」
青春、青春、青春。ここにあるのはただただそれだけ。強く強く世界と対峙する少年少女たちのその横顔は美しい。彼ら、そして彼女らが見つめる先にあるのは人間そのもの。そして彼らが見出すものは人間の想像力そのもの。彼ら、そして彼女らが出会うのは、彼ら、そして彼女らなのだ。
傍観者とならざるを得ない生ける幽霊は、彼ら、そして彼女らの疾走を見、世界と戦い、認識をする姿を見る。
実にキュート。あるいはクール?いやいやこれが青春ですよ。

「飲み物はいるかい」
知らない道を歩く。そこには人がいて、痕跡があり、流れていく。
知らない道を歩く。旅に出ようを他人は言う。
知らない道を歩く。通り過ぎる人と、通り過ぎる風景がある。
知らない道を歩く。僕の隣に誰かがいてくれるのだろうか?
知らない道を歩く。でも、旅は常に一人きりだ。
でもまあ、話し掛けるぐらいはいいだろうさ。

「物語卵」
物語を物語る男たちの物語を紡ぐ物語を形作る男たちを造型した物語を描いたのは…。
まさしく終りがない。ピリオドがない。永遠の終わらない物語。卵が先か、鶏が先かなんてどうでもいいよ。物語が孵化する物語があるのだから、語り手たちは語られることさえも前提に語り続けるしか無いのだろうさ。不幸か幸福かも関係ないのか?それ、羨ましいぜ。

「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」
予知夢にブラジャー。終わらない夜と眠りへの抵抗。フリークス。どこにも未来も希望もないどん詰まりのありえない日でノンストップで暴走ワゴン車が疾走する。その先行きを照らすのは、曲がらないハンドルと焦げたブラジャー。見捨てられ、無かったことされてしまった時間と場所と人々は、いつかは何もなくなるとしたって、今をやっぱり生きている。
 
生きているんだ。

「メロウ」
頭の良い子供たちは、殺されなければならない。それが大人の不文律。頭の悪い子供のみが生き残れる世界。それが世界の標準。頭の良い子供たちが行う反乱は、大人たちをすべて食い潰し、押しつぶし、蹂躙する。
過程なんて求めるな!結果さえあればすべては動く。理由なんて求めるな!ただ戦う意思だけが尊いのだ。
そんな子供たちは…やっぱり殺すか殺されるのか。その二択しかないのかね?ちぇ。

「ルート350」
彼らは旅をしている。物理的な距離もそうだし、心の距離だってそうだ。旅をするってのは、要するに距離を縮める行為なんだって事を改めて思った。当たり前だって?まあね。

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2006.05.18

『夢みる宝石』読了

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夢みる宝石』(シオドア・スタージョン/ハヤカワ文庫SF)読了。

シオドア・スタージョンってこんなに分かりやすくて面白い作品だったっけ?と思ったぐらいに分かり易くてポップな作品だったよ。SF的なアイディアとしては”夢みる宝石”がまさしくそのまんまなんだけど、SFとして読まなければやっている事は正しくジュブナイルファンタジーと言えるかと思う。虐げられる現実から逃走した少年が、幻想として生きるサーカスの人々と出会い、戦う力を得て現実に立ち向かうという中盤までのストーリーを読んでいると、あまりにもストレートすぎて、なんか裏に別テーマで隠れているんじゃないかと勘ぐってしまうのは読み方が間違っているのだろうか…。

”宝石”についてのSF的なサプライズはあんまり無く、主人公ホーティの秘密が明かされたりする部分の小道具に使われるぐらいだけど、ただ、”宝石”が起こす現象が、”宝石”そのものの意図とは何の関係も無かったり、ホーティが”宝石”の世界に向かった描写などが、いかにも奇妙な幻想に満ち溢れていて楽しかった。誰がなんと言おうとハッピーエンドに無理矢理持っていく下りもなんだかんだと楽しい。

スタージョンって、ここまでエンターテインメントに特化した作品も書けたんだな…。ちょっと意外だった。

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今日買ったもの

1.『結界師(12)』 田辺イエロウ 小学館
2.『ライトノベル「超」入門』 新城カズマ ソフトバンク新書

『結界師』のあまりに隙のない面白さには正直脱帽。何が面白いって、友の仇を撃つために戦う主人公をそっちのけで繰り広げられる白と松戸の戦いがありえないくらいに面白い。何だこの狂気に満ちた対決は…。空虚を抱え、空虚こそを憎む白と、嫉妬と怨念と裏腹な達観を得た松戸の対比が余りにもイカレている。まっとうに面白い作品ではあるのだが、おかしな漫画を好む人にもオススメだ。
『ライトノベル「超」入門』については特に言う事がない。見かけたから買う、ただそれだけだ!(サーチ&デストロイ!)

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2006.05.17

最近買ったもの

最近本を買っている暇もない。本屋がまともに開いている時間にすら帰れない。ありえない。

1.『藤田和日郎短編集(2)』 藤田和日郎 小学館

それにしても藤田和日郎の描くジジイはあまりにも格好良すぎる。いや、既に格好良いなんてありきたりの言葉では言い表せねえ。鍛え上げた武術を身に付け、己の信念と誇りのために立ち上がる爺さんが主人公の『瞬撃の虚空』では、クライマックスにおける爺さんの皺だらけの”表情”の美しさに感じ入ってしまった。

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2006.05.16

『閉鎖師ユウと黄昏恋歌』読了

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閉鎖師ユウと黄昏恋歌』(扇智史/ファミ通文庫)読了。

扇智史は最新作の『永遠のフローズンチョコレート』から読み始めて、発表順を遡るように読んできたわけだけど、このデビュー作は、いかにも扇智史の良い部分よ悪い部分が出ているように思った。

まず第一に伝奇部分のあまりの”熱”の低さがある。と言うのは伝奇的な設定を背負う”閉鎖師”であるユウが(タイトルにもなっているというのに!)全然まったく主人公でもなんでもない単なる背景に過ぎないというところにこの作品の特異さがあるように思う(何しろこのユウというキャラクターは作品内で基本的に何一つ役にたってない)。実のところ、この作品の主人公はユウではなく、二人の少女の間を揺れ動く江崎和柾が主人公であり、究極的には、江崎が二人のうちどちらを選ぶのか、という三角関係小説なのであり、伝奇的な部分と言うのは言うなればオマケ、あるいは付け足しでしかないのだ。そもそも作者には伝奇小説を書くつもりがあるとは到底思えない。世界孔と言う設定も明らかに青春期における自我の暴走を描くためのツールでしかなく、そのわりに中途半端に伝奇的な設定を残しているところが非常に勿体無いと思う。この伝奇的な部分を強めていくと『墓標の森と、魔女の本 閉鎖師秘戦録』になり(いやあ…これは全然褒められないんですよ…)、伝奇的な部分を完全に青春期を描くための背景と割り切ってしまうと『永遠のフローズンチョコレート』になるのだろうと思った。

この作品そのものについては、個人的には江崎が”選択”をした後の、喪失感を抱えながらかつての日々を思い返す空虚な穏やかさの描写が素晴らしいと思った。このような当たり前の日常と、その裏腹にある感情の流れを描くと扇智史の伝奇的にはクライマックス不明、カタルシスが微塵もないなどと弱点になってしまう”温度の低さ”が逆に長所へと転化しますね。ふとすると見過ごすような細やかな感情の切り取りが大変好みでした。

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2006.05.14

『ブラック・ベルベット 菫咲くころ君を想う』読了

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ブラック・ベルベット 菫咲くころ君を想う』(須賀しのぶ/コバルト文庫)読了。

巻が進むごとにうなぎのぼりに面白くなってきた。
同作者の『流血女神伝』とはまた一味違った面白さがあるなあ。『流血女神伝』はカリエというバイタリティ溢れる前向きな主人公がさまざまな苦難に直面しながらも乗り越えていくという部分にカタルシスがあるのだが、それはカリエと言う、ある意味において超人的とさえ形容できる主人公であるからこそ生まれるカタルシスである。それに対して『ブラック・ベルベット』における登場人物たちは、肉体的な戦闘力と言う意味では圧倒的に上だとしても、人間的な器やその精神のあり方においてカリエの足元にも及ばない。登場している人間は、善人も悪人も心の中に弱さを抱え、偏狭な価値観や虐げられた恨みなどから自由ではいられず、目の前の現実に屈しそうになったり逃避しようとしさえする。前巻において主人公であるキリの師匠となったハル神父でさえ、その過去にはぬぐいきれない罪の意識を抱えていることが判明してしまう。友人ファナを失った悲しみに打ちひしがれるキリ、キリの友人ロキシーをはじめとして、それぞれが罪を抱えているところが興味深く感じた。敵も味方も、善人も悪人も、それぞれは等しく弱さを抱えており、あるものはそれを乗り越えようとし、あるものは劣等感に飲み込まれていく。それでいて根本的な部分では人間の善性が素朴に信じられているあたりが読後感を非常にさわやかなものにしている。そこには『流血女神伝』には無いカタルシスがあるのだ。

(それにしても僕が一番好きなグラハムが全然活躍しねーぞ…。どーなっとるんだ、ああ?)
 
(…色々と台無しだなおい)

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『涼宮ハルヒの憤慨』読了

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涼宮ハルヒの憤慨』(谷川流/角川スニーカー文庫)読了。

とても面白い。

この作品の現時点における面白さと言うのは、実のところライトノベル的な面白さはあんまり無く、かといってSFとしてすごいというわけでもなく、またミステリとしても際立っているというわけでもないのだが、それでもなおこの作品はまぎれもなくライトノベルでありSFでありミステリでもある。そのようなジャンルの境を曖昧にして、無節操に取り込むのという手法は、ライトノベルの一つの潮流としては根強く存在しているのだが、この涼宮ハルヒシリーズにおいては、舞台となる背景(世界)が変容し続けるのに対してキャラクター達の個性がきちんと確立しているので、いかなる世界になろうとも、キャラクターたちの反応と関係を楽しむ(要するに萌えられる)ことが出来るのが安定感があってよいと思った。

まあ要するにキャラクターを眺めているだけで楽しいって事ですね。さまざまな事件が起こり、その事件に対するキャラクターの反応を楽しむ作品、という言い方をすると、『涼宮ハルヒ』シリーズと言うのは存外「キャラ萌え」的な志向をもっているのかも知れないなあ(キャラクターの反応を楽しむと言うと僕は『マリ見て』なんかを思い出すのだが、意外と共通項があるような感じもするかな)。

今回収録されている2編は、あからさまにキャラクターを魅せることに特化した感じの話になっていて(それでいながらミステリとして、あるいはSFとしても手を抜いていない)、ハルヒの、みくるの、長門有希の(何故かフルネーム)、あるいはキョンの内面の掘り下げや、それぞれの個性がはっきりと分かる部分が大変素晴らしいと思った。ハルヒも随分丸くなったなあ、と感じるとともに、みくるは本当に天然だなあとか、滅多に明かされない長門の揺れ動く感情が明らかになったりしている。個人的には、「編集長★一直線!」は非常に技巧的に高度な事をやっていて面白かった…というかこれはすごくないか?きちんと一つの短編として成立しているにもかかわらず、内容としては「いくつものショートショートが一つの短編となっているような作品」で、最後のオチにまで技巧を凝らしている。良くこんなのまとめたなあ。

「ワンダリング・シャドウ」についてはけっこうオーソドックスな超常現象もの。幽霊のように見えて実は…というある種の典型といえるのだが、とある超常現象の正体が実は別の超常現象だった、という論理展開はこのシリーズならではか。相変わらず困った時の長門頼りは変わらないが、結局彼女の役回りはそれなんだよな(その役回りに対して反抗をしたのが「消失」だったわけだけど、現在の彼女の心理としては、「編集長★一直線!」におけるあの文章なんだろうと思う。健気だな…)。あと、ハルヒがきちんと他人を気遣えるようになったあたり、人間的に余裕が出てきたなあ、と思ったりした。まったく男が出来ると女はこれだから…(などと妄想)。

大分作品におけるギミックも出揃ってきた感があり、そろそろ大きな動きが出てきそうな気もする。とはいえ、現時点ではクライマックスがどこになるのかさっぱり予想も出来ないんだけど。でもこのままだらだら続けてもしょうがないし、ちゃんと落としどころが欲しいところ。

まあ、サザエさんみたいに永劫回帰する物語になっても別にかまわないけどさ。

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2006.05.13

『されど罪人は竜と踊る Assault』読了

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されど罪人は竜と踊る Assault』(浅井ラボ/角川スニーカー文庫)読了。

『されど罪人は竜と踊る』の過去編。ガユスはいかにしてクエロたちと出会い、絆を深め、そして別れたのかが描かれる。しかし、悶々とグルグル空転する思考の迷路に嵌っているガユスはこの頃からガユスだったのだなあ、と感じるのだが、微妙に世慣れない印象も無い事も無いかもしれない。どっちだよ。

一般的に見ればそれでもまだまだ暗いのだが、さすがに黄金時代というだけあって、本編と比べれば大分明るい。何よりガユスが拾われた咒式事務所の所長、ゲオルグと言うきちんとした大人(キャラ的な意味ではなく、作品の中でガユスを始めとする若者達を教え、導いているという意味で)がいるのが物語の雰囲気を闊達なものにしているのだと思う。おそらく本編で致命的なまでに足りていないのが、このように物事の清濁をまとめて飲み込み、最善ではなく最良を選択出来る大人なのだと思う(ラルゴルキンが唯一の大人だが、彼はガユスに常に関わるわけでもないし、ガユス側から見てもゲオルグと同じ立場にはなれない)。若者達は皆”(自分にとって)正しい世界”を、いっそ純粋なまでに追い求め、そのために傷つき、時には立ち直れないほどの深手を負ってしまうのだが、そもそも世界に対して期待するのではなく、自分でより良い居場所を作り、そして守る事が出来るのが大人なのであろう。翻ってガユスは若者である。かれは世界に悪意が満ちている(ように見える)ことに気が付かないほどに鈍感ではなく、世界がより良い世界があるということに期待せずにいられるほどに達観はしていない(大人になりきれていない、とも言えるのだが、おそらく悩む事を止めてしまったとき、かれは彼たる由縁を失うこととなるのだろう)。だから彼の苦悩はひたすらに彼の内面に沈下し、ヘドロのように彼の心身にまとわりつくのだが、ゲオルグという確かな大人は、口に出さないガユスの苦悩をきちんと拾い上げているところに、この過去編の救いがある。それは本編では決して得られぬ救いであって、本編における悲惨さがより一層浮き彫りになってしまう悲しさがある。

良くも悪くも過去と言うものはある種の物悲しさを帯びるものだ、と言う事をこの本を読んで感じた。

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最近買ったもの

疲労のあまりテンションがうなぎのぼりである。どうやら脳内物質が過剰に分泌されているようだ。素晴らしい全能感に満たされるのは良いけど切れたときが怖いなあ。すでに手足の神経が断絶したかのように動かなくなっている…。

1.『まだ見ぬ冬の悲しみも』 山本弘 ハヤカワSFシリーズJコレクション
2.『陽気なギャングの日常と襲撃』 伊坂幸太郎 洋伝社
3.『とらドラ(2)!』 竹宮ゆゆこ 電撃文庫

・どうやら『サーラの冒険』の最終巻も脱稿したらしい山本弘のSF短編集。ガチハードSFでありながらアニメ、ゲーム的な想像力が基幹にあるのが面白い。冒頭の話なんてサイボーグ009のハードSF版だもんなあ。
・伊坂幸太郎はとてつもなく上手いとは思うのだが、逆にいうと上手すぎるのが問題、と言うほどではないが気にかかるところだ(まあいちゃもんなんだけど)。読んでいて楽しいことは間違い無いけど、作者の計算が仄見えるのがなんとも…。
・『とらドラ(2)!』がようやく買えたよ。どこの本屋に行っても売り切ればかり。売れまくっているのか部数g少ないのか…。たぶん両方だろうな。

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2006.05.10

『アンダカの怪造学Ⅲ デンジャラス・アイ』読了

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アンダカの怪造学Ⅲ デンジャラス・アイ』(日日日/角川スニーカー文庫)読了。

『アンダカ』シリーズの第3弾、なのだが同作者の『蟲と眼球とチョコレートパフェ』で、何故に納得のいかない印象をもったのか腑に落ちた。だがそれに書くと長くなるので後日書くことにする。

色々言いたいことはあるんだが、伊依に対するそのとぼけ方は無いと思うんだが遊よ…。あの状況で遊を疑わない伊依の思考回路を疑ってしまうぜ、などといきなりケチをつける事から始めてしまってすいません。なんかなー、相変わらずなー、ストーリーテリングがさっぱりわかんねーんだよなー。舞弓がしっかりと犯人だっつってんのにあそこから話がまだ続くとは。うーむ…そう言うもんなのか?相変わらず極端から極端に向かうキャラクターの行動も飛躍が多過ぎるなあ、とも思いますし。今回登場した仇祭遊の行動も(その裏にある者の意図があるわけだけど)、「一度怪造学で酷い目にあったから怪造学に関するすべては悪」と言う一方的な決め付けとしか言いようが無い動機にはもはや感心したと言ってもいい。「自動車は事故を起こすから悪」と同じレベルの理屈を振りかざされても困るなあ。「はあ、ソウデスカ」としか言えないよ。

まあ極端から極端に向かうのは日日日作品全般に言えることなんだけれども、『アンダカ』シリーズは特にその傾向が強いですね。たぶん主人公が日日日作品の中でも際立った理想主義者であるため、日日日特有の青臭さが化学反応を起こして濃縮還元500%ぐらい起こしているのではないかと思う。この、いわば日日日理論を潜り抜けないと楽しむ資格は無いんだろーなー…とか思った。僕はちょっと厳しいぜ…。

ただ、個人的には随所に現れるフリークス描写と残虐描写と血みどろ描写(全部同じだ)にとてつもない悪意と情熱をかけて描かれているあたり非常に気に入ってる。特に”黒幕”のあれがたまらん。遊が”皮を剥ぐ”シーンもたまらなく悪趣味で、まったく日日日は悪趣味な描写をさせたら天下無敵だね!全体的に漂う邪悪な底意地の悪さといい、日日日は絶対ホラー作家としての才能があると思うのだが。というか”不愉快”な描写をさせたら日日日の右に出るライトノベル作家はいないと断言してしまおう(まるで小林泰三みたいだよなあ…)。

というところで気が付いた。僕は日日日の作品が嫌いなのではなく、彼が書く”ライトノベル”が嫌いらしい(『ちーちゃんは悠久の向こう』はやっぱり鮮烈な魅力に満ち溢れた作品だと思うんだよ)。

日日日はもっとホラーを書いてくれれば良いと思った。以上。

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2006.05.09

『マキゾエホリック case2: 大邪神という名の記号』読了

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マキゾエホリック case2: 大邪神という名の記号』(東亮太/角川スニーカー文庫)読了。

相変わらずキャラ立てというものを意図的に放棄し、記号のみによってキャラを規定するとともに、物語そのものが(灘英斗がするように)要約と記号化を繰り返すという単純にライトノベルというよりもライトノベル批評の原資料みたいな側面が強い作品ですが、まあ面白いことは間違い無い。記号性をここまで全面にさらけ出すなんてのは蛮勇とさえ言える行為だと思うが、まあ思いついちゃったもの勝ちではあるよなあ。関係ないが、記号化されたキャラクターを大勢繰り出すという手法は一見するところ赤松健っぽく見えるかもしれないが、そもそもこの作品は、キャラクターを絡ませるということ自体はあまり主眼ではなく、記号化されたキャラクター達に対して、それぞれが代表する世界観(無論記号化されているわけだが)を丸ごとそれぞれのキャラクター性に包含することによって生じる世界観の擦り合わせと融合、あるいはすれ違いを描いているという事を考えると、むしろこれは異なる価値観から生じるギャグ小説なのかという気もしないでもない、と言うのは冗談なので本気にしないように。

うーん、しかし何が面白いのかが説明し難い作品だなこれは…。

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ただいま、そしておやすみなさい

と言うくらいに「仕事→寝る」と言うルーチンが確立している今日この頃。この文章を書いているのはその隙間を縫って更新しているわけです。まったくGW明けた途端にこれか…。

1.『永遠の戦士エルリック(2) この世の彼方の海』 マイケル・ムアコック ハヤカワ文庫FT
2.『リリアとトレイズⅣ イクストーヴァの一番長い日<下>』 時雨沢恵一 電撃文庫
3.『がるぐる! Dancing Beast Night<下>』 成田良悟 電撃文庫
4.『お留守バンシー(2)』 小河正岳 電撃文庫
5.『火目の巫女(2)』 杉井光 電撃文庫
6.『GOSICsⅡ -夏から遠ざかる列車-』 桜庭一樹 角川ミステリー文庫

・まったくTUTAYAは便利だなあ。10時過ぎても開いている本屋は僕にとって非常に貴重だ。まさに心のオアシス。
・『永遠の戦士エルリック』というタイトルは今一つセンスが感じられないと思うのだが、これは単に回顧趣味と言うだけかも知れず、従って曖昧に言葉を濁しておくことが賢い選択と言えるでしょう。言えるでしょうじゃねえよ。
・あれ?『狼と香辛料』の2巻はー?
・とりあえず口絵のヴィクトリカは本当にありえないほどにフリルのお化け。あるいはフリルの毛玉。

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2006.05.08

今日の…購入…物(つ、疲れた)

眠い。疲れた(疲労のあまり言語能力が低下しています)。

1.『ひぐらしのなく頃に 鬼爆し編(1)』 原作:竜騎士07 漫画:鬼頭えん 角川書店
2.『ルート350』 古川日出男 講談社

・鬼頭えんは絵が上手いなあ、と久しぶりに思った。僕はこの人の漫画がそれなりに好きで、けっこう同人誌を買っていたりもしているのだ。ぬるい部分と容赦ない部分のバランスがよい。
・みんな大好き(だといいなあ)古川日出男の新刊は短編集だぜい。思いついたことを片っ端から文章にしているような想像と妄想とアイディアに満ち溢れた疾走感が心地よい。なんか今ふと思ったが、この人をライトノベル作家で例えると(ってなんだそれは)川上稔と同じタイプかもしれねーな…。あんまり読者を想定していない拘り方とか。

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2006.05.07

『PRINCESS WALTZ』おまけ

PRINCESS WALTZ』シナリオライターである椎原旬氏についての考察最強の伊織派blog)。

な、なるほど…。新×クリス(やめろ)の関係からはずれるすべての女性キャラが”愛人”扱いになっているのにはこのような理由が…。なにやら倒錯していると思っていた部分と言うにはつまり逆で、恋愛においては”年齢性別血縁人数を問わない究極の恋愛平等主義”がその正体だったわけか。ものすごい勢いで腑に落ちた。道理で誰も不幸にならないパラダイスになっていると思った…(だってこれ基本的にハーレムエンド以外想像つかんぜ?)。誰も不幸にならない感じなんだけどファンタジーなんだからこれはこれで。

突然ですが僕はアンジェラさんとリーゼルさんが好きです(どうでも良い上に唐突)。

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『家族八景』読了

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家族八景』(筒井康隆/新潮文庫)読了。

すげー今更感溢れる筒井康隆の七瀬シリーズ第一作。内容を端的に説明すると、超能力者版『家政婦は見た』(適当)。

テレパスである火田七瀬が、さまざまな家庭にお手伝いさんとして勤めながらその家族の闇を浮き彫りにするという話。どの家庭も七瀬が来る前から問題を抱えているんだけど、七瀬という心が読める超能力者の存在は、それまで沈黙していた家族の心をそれぞれに自覚させてしまう。たとえ七瀬がそんなつもりはまったく無かったとしても、”闇の存在に気付いて”しまう、つまり、闇を認識してしまうということそのものが引き金になってしまうのだろう。シュレディンガーの猫じゃないけど、”認識者”がいれば”確定”してしまうというわけだ。

まあ七瀬は基本的に家庭が破滅したところで別に気にしない。とりあえず自分の能力が他人にばれないように出来ればよい、というドライな感性の持ち主なので、結局行く先々でさまざまな悲喜劇が繰り広げられるのだが、よくもまあここまで悪意と脱力感に満載したどうしようもない人間関係を描けるものだと感心する。その悪意の書き方はギャグすれすれの不条理感があってブラックな笑いがどうしようもなく込み上げて来てしまったのには参った。笑えねー。

でも七瀬は基本的にひどいよな。別にいいけど。

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2006.05.06

『とるこ日記 ”ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記』読了

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とるこ日記 ”ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記』(定金伸治、乙一、松原真琴/集英社)読了。

自他ともに認める”ダメ作家”トリオが何を思ったのかトルコまで旅行に行ったものの生来のダメっぷりは留まる事を知らず、日本にいるときとまったく変わらない自然体(…)で過ごしてきた旅行記を、それぞれが渾身のおちゃらけ具合で綴ったおよそ旅行記としての体裁をなしていない旅行記。ここまで旅行の”風景”が見えない旅行記も珍しい。この本からは旅行の楽しさだとか新しい出会いとか感動とかは一切ありません!

うむ、素晴らしい。

もともとはWeb掲載されたのものため、本来はリンクで表現されていたツッコミ部分が異常に読みにくくなっているのが玉に瑕だが、そのあまりのグダグダな旅行っぷりには、”旅行”というさわやかな幻想を粉砕してくれること間違い無い。三人とも極めて捻くれた性格をしていらっしゃるので、語る内容が本当にくだらないことばかり話しているのだがむしろそこが良いなあ。

あと乙一氏の徹底した精神的引きこもりっぷりが素晴らしかった。本当に部屋に閉じこもっているのと変わらない行動、言動。うーん、周囲に流されない個性をもっていらっしゃいますね(無理矢理)。定金氏も一緒になってショーも無い事しか書いていないし、後輩にあたる松原氏が一番ワリを食っているわけだが、実際には松原氏も相当なダメっぷり…(食事の話しかしてねえ)。

まあ、なんつーか、旅行に出る時はきちんと準備をしましょーね、という反面教師的な役には立つ本のような気がしますねえ…(超ひでえ)。

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『戦う司書と黒蟻の迷宮』読了

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戦う司書と黒蟻の迷宮』(山形石雄/スーパーダッシュ文庫)読了。

今回は最強の武装司書ハミュッツ・メセタに匹敵すると呼ばれる武装司書モッカニアがメインの話…のように見せかけて神溺教団の戦士ウィンケニーが主人公と言える。
ウィンケニーは世界最強の一角であるモッカニアを殺すためだけに育成され、その後失敗作として見捨てられた存在である。本来あるべき存在意義をすべて奪われながらも、自らの世界における価値を必死に追い求め、モッカニアを理解し、モッカニアの精神に肉薄しようという部分が非常に面白かった。己が存在する意味をこの世に確立しようと足掻く様は、まさに人間そのものの足掻きであり、世界に対して必死に抵抗しようと言う行為であるといえる。この作者は、「一巻して人間が人間として生きるには何が必要なのか?」という問いかける過程と、その結末を描いているが、ウィンケニーは今までの登場人物の中で自らの求めるものを明確に意識していて、その目的が失われた後も諦めずに追い求めたところが格好良いなあ、と思った。最後の退場場面も、やるだけの事をやった男の悔いの無さがあって良かった。

モッカニアについては、世界最強でありながら、”強者”としての振舞うことが出来ず、人格と能力の乖離ゆえに世界に居場所を失ってしまった人間だと解釈できる。つまり彼の精神はむしろ”弱者”であり、他者を踏みつけに出来るような人間ではなく、繊細でさえある。しかし、彼の才能は彼を弱者に留めておく事が出来ず、彼はあらゆるものを蹂躙する力を得てしまうのだが、彼にとってはそれは望むべき事では無かったのだろう。彼が望まない力によって彼が望む居場所を失ったとき、あとは世界を拒絶するしか選択は残されてはいなかった。そして彼が求めたのは自分が愛し、愛された幼年期、さらに言えば母親によってのみ、彼は自らの居場所を得ることが出来る。ウィンケニーによって居場所(母親)を与えられた後は、そのためにこそ彼は世界と対峙する動機を持つのだが、それは彼にとっては幻そのものでしかない、というあたりに彼の存在そのものの悲劇的な部分があるのだろう。

ウィンケニーとモッカニアは立場も生い立ちも違うのだが、それぞれが現在の居場所を得られず、居場所を獲得するためにもがきがこの作品の重要なところではないかと思う。
 
 
それはともかくとして、ハミュッツ・メセタの根本的な部分は夢見る乙女、あるいは白馬の王子様を待つ少女だったと言う所に驚愕した。マジか。

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さあ部屋の掃除をしよう…かな?

目の前に立ち塞がる巨大なる積読タワーがあまりにも巨大でさっそくくじけそうです。助けてー。

1.『夢幻紳士 逢魔編』 高橋葉介
2.『閉鎖師ユウと黄昏恋歌』 扇智史 ファミ通文庫
3.『棺担ぎのクロ』 きゆづきさとこ 芳文社
4.『犯罪交渉人 峰岸英太郎(1)~(5)』 記伊孝 講談社

・『夢幻紳士 逢魔編』のタイトルの意味が、まさか、さまざまな妖怪変化が夢幻”魔”実也に出会うことで色々とひどい目に会うという意味だったとは…。なんて迷惑な主人公なんだ!…いや、一応ヒーローなのか…?
・あと扇智史のデビュー作を手に入れてホクホク。後で読もう。
・『棺担ぎのクロ』は事前知識まったくなしで、ただ本屋で表紙を眺めていたら非常に面白そうな気がしてきたので買った。まさしく表紙買いである。
・『犯罪交渉人』は今回完結したので買った見た。評判どおりすげー面白いのだが、これで終りかよ!という気もする。もっと英太郎の活躍が見たかったなあ。

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2006.05.05

『塵骸魔京 ~ライダーズ・オブ・ダークネス~』読了

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塵骸魔京 ~ライダーズ・オブ・ダークネス~』(海法紀光/ファミ通文庫)読了。

表紙と口絵の牧本さんがえろーす、と言うのは本編には何の関係も無いのだが、とりあえず言っておきたい。特に口絵の”アレ”は思わず「あーあ、やっちゃったよ…」とか思った。

しかし中身の方は相変わらずのノベライズぶりで、キャラクターの紹介はしないわ状況描写はほとんど無いと、基本的にゲームをやった事がある人向けに特化しており、単独の作品としてはまったく評価出来ないのではあるが、同時にノベライズにありがちなキャラクターの違和感のようなものも無く、まさしくゲームに登場した愛すべき彼らがそのままに活躍しているというのはノベライズとしては非常に幸福な事でもあると思った(峰雪は良い奴ですね。あと”風のうしろを歩むもの”と雪典っつーのは珍しいつながりだなあ、とか)。話の展開もよくも悪くもゲームそのまま。ラストバトルが全然盛り上がらないのもゲームそのまんまだ…。基本的に、この作品はバトルと言うのはそれぞれの主張を押し通すための手段としての側面が強く、戦いそのものにはほとんど意義が無いんですね。だからバトルそのものは盛り上がらない。その代わりに「何故その戦いを行わなければならないのか?」という前提となる部分が非常に重要視されているわけで、その決意するまでの話が塵骸魔京のクライマックスなんだと僕は思うわけです。

勝手な妄想ですいません。

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『PRINCESS WALTZ』その2

PRINCESS WALTZ』(18禁)について少し。

物語そのものは世間的に良くある”異世界バトルロイヤル(ラブ有り)”ものであり、その部分について言えば健全でありきちんと面白いのだが、設定とかを見ていると”倒錯”している部分がけっこうあるのが面白いと思った。

メインヒロイン(?)として設定されているクリスは、王子でありながら女性であるのだが(これはネタバレではないと思う)、この手の”男装の麗人”という奴は、普通、男性に身をやつしていても女性としての部分があって、そこが主人公との恋愛に発展していくものなのだが、しかし、クリスは、幼い時より王子として育てられており、精神的には完全に”男性”であるのがおもしれーよなー(ゲームをクリアした後でマニュアルのネタバレ対談を読んだら、”異性間のボーイズラブ”がテーマだったらしい。なるほど…)。クリスをあえて”女性”として描かない事で、恋人なのか親友なのかが曖昧、と言うよりもどちらでもあるという関係が新鮮であった。

他にも戦闘の際には”美少女剣士”に変身する主人公(男)とか、その他ネタバレになってしまう裏設定まで含めて全体的に(良い意味で、と一応言っとく)変態的というか倒錯的なモチーフを使用しているのは、ライターの意図があるのかもしれない。物語自体は正しい成長物語にして貴種流離譚でバトルヒロインアクションものであったりするのに、モチーフが倒錯しているのがこの作品の特徴なのかな。

いや、それにどんな意図があんのかはわかんねーけどさ。

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2006.05.04

『永遠の戦士 エルリック(1) メルニボネの皇子』読了

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永遠の戦士 エルリック(1) メルニボネの皇子』(マイケル・ムアコック/ハヤカワ文庫FT)読了。

新装版になっての再読になる。正直、表紙が天野喜考ではなくなったのは旧作ファンとしては少し寂しい。あと混沌の神の名前が”アリオッホ”になっているのには最初はかなり吃驚した。どちらにしても、いわゆる日本におけるファンタジーを語るテキスト上、常識とさえ言えることなので(本当か?)、これを変えようと思った人は勇気があると思うよ。

で今回新訳となった「メルニポネの皇子」であるが、旧版を紛失してしまったので比較対照は出来ないのだけど、前回感じた訳文の違いは大分消えていたような気がした。安田均訳は重厚っつーか、まるで歴史小説を読んでいるような重さがあるんだよな。井辻朱美訳になると軽やかというか、まるでライトノベルを読んでいるような気さえしてくるからなあ。まったく訳者によってまったく作品ってのは変わるんだよなー。

さて久しぶりに読んでみたエルリック・サーガであるが、やはり昔と違って大分作品の受け取り方が変わっている自分に気が付く。善性への規範と、メルニボネ人としての気性という相反する概念に引き裂かれ苦悩するエルリックという存在に、昔に読んだときよりもはるかに強い共感を感じたのは自分でも驚いた。自分が正しいと考える理想を実現しようとする事はある意味愚かではある。ただ、それ以上に正しさを追い求める愚直さは、単なる悲劇の英雄と言う印象よりも己に準じるストイックさを感じた。つーか、エルリック、ちゃんと活躍しているな…。どーも運命に翻弄されてばかりと言う印象だったのだが、ちゃんと絶望的な闘争への意志があるのには、意外な線の太さがあってちょっと意外だったなあ。

そーか、こういう話だったのか…とちょっと新鮮な読後感でした。

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2006.05.03

最近買ったもの

ここ数日、『PRINCESS WALTZ』の初回特典サントラを延々とリピートしている自分がいる。キモいですか?すいません。

1.『DEATH NOTE(11)』 原作:大場つぐみ 絵:小畑健 集英社
2.『スティール・ボール・ラン(8)』 荒木飛呂彦 集英社
3.『ドロテア 魔女の鉄槌(2)』 cuvie 角川書店
4.『仮面のメイドガイ(3)』 赤衣丸歩郎 角川書店
5.『ゼロイン(5)』 いのうえ空 角川書店
6.『へうげもの(2)』 山田芳裕 講談社

『スティール・ボール・ラン』の新刊は久しぶりにアラーキー節が冴え渡る一冊であった。冷静に考えると論理としては破綻しているのだけど、そこを無理矢理の狂的な説得力を駆使して押し切った。最高だ。
関係ないが、いのうえ空が描く女の子は何故だか知らんけど健康的な色気がはちきれんばかりでけっこうでございますなあ。なんかえらい好き。
『へうげもの』はおもしれー。以上。

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『夏期限定トロピカルパフェ事件』読了

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夏期限定トロピカルパフェ事件』(米澤穂信/創元推理文庫)読了。

小市民シリーズ第二弾となるこの作品は、作者の青春ミステリへの志向が存分に発揮された作品で大変に楽しい。青春ミステリとは何かといえば、あくまでも僕の定義するところではあるが、少年少女時代における感情の揺れ動きを描いているのが青春小説であり、その揺れ動きがミステリに結び付けているものではないかと思う(別に同意してもらう必要はないし、そもそもこの定義もしょっちゅう変わる。別にいいじゃないか!)。

ちなみに僕がこのシリーズに”青春”を感じるのは(ちょー恥ずかしい言い回しだなあ)、主人公二人の小市民になろうと肩身を縮めて頑張っている部分であったりする。この”決意”という奴は、明らかに二人の中学生時代の経験に対する過剰反応とでもいうべきものであって、はっきり言って見てらんない。個人的な意見ではあるのだが、そもそも自分自身を本当の意味で変革し、別のものになるというのは土台が無理な話なので。状況に対する対処の方法を身に付けること(行為)は出来たとしても、状況に対して反応すること(感情)は決して変える事は出来ないのだ(変わっていくことはある)。

であるがゆえに、この二人の関係が破綻を来たすのは自明の理である。しかし、自分自身を変えることが出来る、と思っているあたりにどんなに頭が良くても少年少女特有の全能感に満ちていて、まさしく青春だなあ、とおっさんに差し掛かりつつある自分は思ってしまうのであった。一見、謙虚に見えて、その実極めて傲慢な二人の姿にはちょっとまぶしいものを感じる。しかし、青春小説の常として、そのような無邪気な希望は挫折の定めにある。幸福な関係は続かない。ま、結局、自分自身から逃げられないという事実から目をそむけているには頭が良すぎたのだろうな、この二人は。”決断を下してしまえる”というあたりに二人の強さと脆さを感じた。

しかし、自分自身から逃げられなかったとしても、時間の流れは必ず変革を促す。それは本人たちの望んだ方向ではないかもしれないが、関係は必ず変化しているのだ。それは必ずしも意識できるものではないかもしれないが、変化の過程にあるものはえてしてそれに気が付かないもの。”変わらない”という事実に一つの決断を下した彼らが、次は”変わってしまった”という事実に対して決断を下していくのが次巻以降の焦点になっていくのだろうと思うのだが果たして。彼らの選択を楽しみにしつつ次巻を待つことにしたい。
 
 
(…なんか恥ずかしい事を書いているような気がしてきた)

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理不尽かどうかと言うのは主観による

Something Orangeの「いまさら「電波男」について考えてみる」シリーズを読んでいてふと思ったのだが、確かによく「何の理由も無く嫌われた」とか「差別された」といわゆる”キモメン”が主張するケースがあるけれど、それが本当に理不尽なものなのか、と言う問題はけっこう重要だと思った。

個人的な感覚で言わせてもらえば、差別するのもされるのも必ず理由があるものだと思う(勿論、差別するに妥当なものかどうかは別問題として)。問題は、”理不尽だ”と感じる場合、本人にその理由がわかっていないということ。分かっていたとしても感情的に認められなくて、その妥当性について検討することも出来ない場合が多い事だろうな。

実を言うと、僕は今までに他人を”差別”したり”嫌ったり”したことがある(当たり前か)。例えば、他人の都合を考えず、徹底的に自分の都合だけで物事を進めるタイプや、大声で自分の意見を主張して少数意見を無視するタイプとか(同じか)。
こういうタイプを見ていると思わずイラっとしてきて、だんだん付き合わなくなって行ったり、自分でもあからさまに邪険に扱うようになるのだが、おそらく邪険にされた本人としては、自分がなんでそんな仕打ちを受けるのか理解出来ないだろうとも思う(そんなことが理解できるようならとっくに直しているだろう)。

結局、人間は自分の理解できる範囲でしか物事は見えないし、理解出来ないのであり、また人間はそれぞれ価値観や判断基準は異なっているため、ある人間にとっては自明でも、他の人間にとってはそうではないと言う事も結構ある。だから、自分がそう言う”何の理由も無く嫌われた”と感じたことでも、きっと自分にはわからない理由があるんだろうし、それを知るためにはそれは分かる人に聞くしかない(自分で考えても分からない。判断基準を持っていないから)。

おそらく”イケメン”と”キモメン”が分かり合えないのは、お互いが何故そうなるのかと言う理由がわからないからだろうし、その部分をはっきり出来れば論考のほとんどは解決するのではないか、と一瞬思うのだが、それをなすためには”イケメン”と”キモメン”間の対話が絶対に必要になるのだけど、両者(ここで言う対象とは、それぞれのカテゴリに属する人で、言論に影響力のある人物と言う意味。”キモメン”で言えば本田透氏がいいんだがなあ)の断絶、というか感情的なもつれ(”キモメン”がほとんど一方的に憎悪しているだけだけど。”イケメン”は無関心か、消極な嫌悪ぐらいかな)を何とかしないと実現不可能だろうな。

と言うような事を徒然と考えました。

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2006.05.01

『PRINCESS WALTZ』をクリアしてしまった…。

久しぶりにエロゲーの話題で恐縮なのだが、『PRINCESS WALTZ』が大変に良く出来ている。まーエロゲーなんですが、要するに少年マンガ的な熱血バトルアクションものとして良く作りこまれていて、いわゆる努力・勝利・友情がこれでもかと詰め込まれている(努力は無かったかもしれない…)。キャラクターもとても魅力的で可愛らしく、いわゆる萌えゲーとしてのスペックも高いのだが、どちらかと言えば作品のテーマ(なんじゃないかなあと勝手に思っているのだが)である「囚われないお姫様」たちの存在が個人的に面白かった。 
 
結局、お姫様はいちいち王子様なんて待ってられねーんだよ。誰も助けに来てくれないんだから、このお姫様たちは自分の力で王子様を探しに行って、自分の力で王子様に恋をする。戦って戦って、何のために戦うのかといえば、結局王子様を射止めることも出来ないんだけれども。でもまあ、みんな楽しそーじゃん?王子を求めて華麗にステップを踏む姫君たちの姿は、美しく凛々しく艶やかであるけれども、何よりもただ一人の存在として立つその姿はやっぱり格好良いと思っちゃうわけで。

まあ戯言。

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『策謀のイェンディ 暗殺者ヴラド・タルトシュ』読了

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策謀のイェンディ 暗殺者ヴラド・タルトシュ』(スティーヴン・ブルースト/ハヤカワ文庫FT)読了。

ファンタジー+ハードボイルドシリーズの二作目。個人的にはそれに加えてピカレスクロマン的な面白さがあってかなり好きなシリーズであります。ハードボイルドとは言うものの、主人公は一匹狼ではなく、小さいながらも組織のボスであり、とある別組織との熾烈な縄張り争いを繰り広げているという、つまるところマフィアものでもあるのです。主人公が決して超人的な男ではなく、命を狙われ怯える弱さを内心に必死で押さえ込んでいるあたりもいいですねえ。大変人間的で良いかんじ。

さて、この巻で特筆すべきは、実は一巻より時系列的には以前に位置しているということころだろう。そして、それについての説明が一切無いということも興味深い。一巻の時点でなにやら不穏な事件が過去にあったのだなあ、と匂わされていた事件なわけだけど、あまりそのあたりは読者に説明はしてくれない様子だ。まあ不親切といえば不親切だが、そもそもハードボイルドとは登場人物たちの過去や来歴を追求するのではなく、あくまでも現在の行動のみが主体となる形式をもっているので、その意味でも正しくハードボイルドをしていると思うので、個人的には悪くない。

困難に直面した主人公が必死になって打開策を探して駆けずり回り、人を雇って揺さぶりをかけたり、抗争資金を確保するために集金にいそしんだりと、およそヒーローらしくない行動が多いのだけど、むしろそう言う部分がかっこええなあ、と思った。当たり前の人間が不屈の努力で危機に立ち向かうって言うのはそういうもんだろ、やっぱ。

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