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2006.05.29

『がるぐる!Dancing Beast Night<下>』読了

がるぐる!Dancing Beast Night<下>』(成田良悟/電撃文庫)読了。

まさにフェイクによるフェイクのためのフェイクとしか言いようの無い作品である。この作品、というより成田良悟の作品には、あらゆる意味で「リアル」は存在しない。現代に即した「リアリティ」はまったくないし、綿密な事実に基く「現実感」もなく、共感を呼ぶ「同時代性」すらない(あるいはこの”速度”は同時代性があるのかもしれないが)。すべては偽物、フェイクである。

作者が作品の中で動かしているキャラクターたちの考えていることも喋っていることも、すべては徹底してむちゃくちゃであり出鱈目ばかりであり、そこには某かの真実、真理などは口にしたくとも見当たらない。あるのはその場しのぎのノリとハッタリと思いつきであり、必然的に彼らが紡ぐ物語も必然性もドラマも何にもなく、ただただ突発的な偶然が並列的に連鎖していく過程を描いているだけに過ぎない。ここにあるのは、ただフェイクだ。物語のフェイクなのだ。

はっそれがどうした?
 
成田良悟の作品には、フェイクをフェイクとして認めながら、フェイクである事を肯定する明るい開き直りがある。その開き直りっぷりはある意味すごく”若さ”ゆえの衒いの無さのように見えて、けっこう深いところでは屈折しているようなところもあって、そこが単に楽しいだけの作品にはしていない”暗さ”あるいは”歪み”となっているように思うのだが、そこはもしかすると少数派の意見かもしれない。しかし、すくなくとも成田良悟自身は、相当に自分がフェイクであることに自覚的にあるように思う。その象徴的な存在であるのがケリーだ。彼女は”オリジナル”な自分を持たず、彼女の人生はすべてが借り物だ。まさしく上っ面の人格でしかない存在なのだが、しかし、彼女は自分がフェイクでしかないと言う事を知りながらも、フェイクであると言う事に積極的に意味を見出し、誇りを持って生きようとしている姿に、僕は成田良悟自身の姿が見えるように感じた。

本物か偽物かなんてどうでもいい。要は守るべき何か、大切にすべき何かがあるかどうか、って事なのだ。大切なものがあれば、きっと偽物だって本物になれる…と良いなあ(まあそんなところだろう)。

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