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2006.02.14

良い事か悪い事か、それは当事者以外が決める事じゃない

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時には懺悔を』(打海文三/角川文庫)読了。

なんかまた変わった話だな…。まさか”障害児”をテーマにしたハードボイルドを丁寧に、しかも、説教臭くならないように書けるとは、作者の目の付け所も凄いけど、書ききった作者の筆力は凄いものだと感心した。きちんと調べているし、しかもそれを単なる設定、説明には終わらせないしで、まさしくプロの仕事であるなあ。面白いなあ。

やっている事はうらぶれた探偵とその女助手が事件を追うという極めてありふれた話なんだけど、探偵にも家族があって息子との関係に悩んでいたり、女助手が色々あって離婚して元夫に親権を奪われていたりするところが奇妙な味わいだと思った。そこには、彼らの日常のどうにもなら無さと事件との対比があって、決して格好良いだけの願望充足ではないドラマがあるのだ。

しかし、だからと言って重い問題提起を行った上で、決して説教臭くも重苦しくもならないユーモアがあり、どこかに明るさがこの作品にはある。それは必死に希望を明日に繋げようとする努力でもあるし、慈しみの心でもあるし、乾いた諦めのようでもあるのだけど、それを否定も肯定もせず、ただ在るがままに受け入れた雰囲気(つまり何が良い事で、何が悪い事なのかを敢えて明確にしない)が、どこか物悲しく、同時にふてぶてしいまでの強さを作品から感じるのだ。

その単純に物語を”割り切らない”スタンスがとても心地よい読書であった。

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