« 『ライトノベル読みに本当に聞いてみたい10の質問』 | トップページ | 月曜日の朝はいつも憂鬱 »

2006.02.19

『マキゾエホリック Case1:転校生という名の記号』

4044720010
マキゾエホリック Case1:転校生という名の記号』(東亮太/角川スニーカー文庫)読了。

前に「”記号”などと言っているあたりに若さが見えるが」というような事を書いたが、書いた後に別段作者が若いかどうかを判断する根拠が無いことに気がつく。記号と言う言葉に惑わされすぎたような気がしないでもないが、内容を読んだ限りでは、作者が定義する記号の使い方が、僕にも感覚的に理解できるのでやっぱり僕と同年代くらいのようにも思った。どちらにしても「あーあ、記号なんて言葉をつかいやがって…」と言う居たたまれなさを感じるのだが。それすらも作者の手のひらのような気もする。考えすぎかな。

内容についてはタイトルから期待したとおりの内容だったと言える。アニメ的、漫画的な記号を付与され、過剰にキャラ立てされ、お約束ともいえる超越的なルールに縛られた存在であるはずの”キャラクター”たちが、お互いの代替可能な存在である事を逆手にとって事件を解決していくのだが、しかし極度に記号化されたキャラクターたちにとってはそのキャラに反する行動は元来けっして行うことが出来ない行為なのであるはずだ。これは相容れないはずの世界観が一つの場所にあつめられた結果、それぞれの持つ世界観(お約束のルール)が干渉し合ったことで、記号化された彼らの行動様式を強引に一つの世界観に纏め上げられたためであろうか。つまり、簡潔に説明してしまえば、この作品はさまざまなアニメ、ゲームからサンプリングされた記号によるクロスオーバー作品であり、その記号をチェスの駒のようにさまざまに配置し、あるいは配置を変えることによって生じるギャップを生み出す事が目的なのではないのかと思った。例えば変身ヒーローがゴルゴ13と戦っている最中にガイキングが乱入したところで幼馴染がパンを咥えた転校生とぶつかるような。余計に分かり難かったすまん。

そして、この記号の代替可能性(今考えた)が果たして作品にどのような影響を与えていくのか…はよく分からんので保留(逃げた)。続巻を読んで判断しようと思う。

|

« 『ライトノベル読みに本当に聞いてみたい10の質問』 | トップページ | 月曜日の朝はいつも憂鬱 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/8457542

この記事へのトラックバック一覧です: 『マキゾエホリック Case1:転校生という名の記号』:

« 『ライトノベル読みに本当に聞いてみたい10の質問』 | トップページ | 月曜日の朝はいつも憂鬱 »