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2006.02.11

オタク的俗悪さに対するドンキホーテ

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A君(17)の戦争(9) われらがすばらしきとき』(豪屋大介/富士見ファンタジア文庫)読了。

この作品を一言で言うとすると、とても”下品”な作品であると言うことが出来る。ここで言う下品とは、別段下ネタがどうとか、そう言う意味での下品さではない。それは例えば、オタク的な文化とか、エロゲー的な展開とか、漫画的なお約束とか、そう言うものに対する取り扱い方に対して感じるのだ。つまり、それらの文化を批判し、風刺すると言う方法は別段珍しくないのだが、その見せ方や説教の仕方が非常に俗っぽい、言い換えればストレートすぎると言う事でもある。

ここで一つ表明しておきたいのだが、僕は、その下品さこそがこの作品の肝であり、もっとも魅力的な部分であると思っているのだ。その部分をのぞいてしまっては、この作品は単なるライトノベル戦記に成り下がってしまうだろう。そのあまりにも分かり安すぎる部分は、むしろ作者の持つ問題提起の真摯さの表れであって、現在”アキバ系”などという呼ばれ方をしている(特に自己批判をしない)オタクに対して、強い苛立ちと嫌悪を隠さない作者のスタンスは、非常にあくは強いものの格好良いと思う。

オタクってなんだかんだと言われているけど、本質的なところでは、やっぱりどうしようもない生き物なんだよ。そこのところはきちんと認識した上で、オタクを肯定するか否定するかを考えていかなければならないのだろうなあ。

僕にとって、この作品はそーゆー作品なのだ。

あ、作品自体は、ひたすら防衛戦に次ぐ防衛戦で圧倒的な負け戦の中、ついに反撃を開始した魔王軍と、戦争をさらに泥沼化させようとする存在が暗躍をはじめており、緊迫は最高潮に達しつつある、んだけど…もうちょっと刊行ペースを早くしてくれねーかなー…。全然話が進まないよ…。あー続きが読みてー。

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