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2006.01.19

早く宿題を終わらせたい(本の感想が溜まり過ぎ)

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』(片山憲太郎/スーパーダッシュ文庫)を読んだ。

すげえぜ!なんだこの超ド級の幼女小説は!とにかく片山憲太郎のヒロイン(7歳)に対する描写の細やかさを見るに本気でロリコン小説を描こうとしているとしか思えない。こんなにか弱くて綺麗で気高い存在を目の当たりにしたら男なんざ腑抜けも同然でありますな。それこそが幼女と言う属性のもつどうしようもなさで、そこには男の『守ってやりたい』というどーしよーもないくそ戯けた願望があるわけですが、まーそういうのは本能に近いものがあるのでしょうがないのかね。そんなことはどうでも良いのだけど、『電波的な彼女』の、おそらく数年前の世界で、あの世界でどうしようもない違和感としてあった世界の裏側の話になっていて、その意味ではあちらのシリーズと表裏一体の裏付けなのかもしれないと思いました。主人公は高校生でありながら世界の裏側に足をつっこんだ存在で、世界を構成するシステムの一つと対決していく展開になるのだろう。その意味ではこの小説は古きよき伝奇小説としての正しき末裔であって、逆に『電波的な彼女』と比べると荒唐無稽の度合いが増している。例えば御三家とかなんとかの異能の力を持った家系の存在が明らかになっているのだが、しかし、そのような物語のインフレを楽しむのが伝奇小説の醍醐味ではないかと思う。『紅』で明らかになった設定は、『電波的な彼女』での知られざる設定が開示されたことにもなるのだが、おそらく、このようにして一つの世界の裏(『紅』世界背景)と表(『電波的な彼女』日常)を交互に描いていくのかもしれない。そして、おそらく表裏の作品世界を繋げる役割を果たしているので、柔沢親子であり、この二人は世界の表と裏を象徴する存在である。この二人を起点にして、物語が反転しているように感じられるのだが、しかし、それが何を意味するのかは全然わからないので単なる妄想なんですけどね。書くなよ、妄想。でも妄想は楽しいぜ(役に立たないがな)。まあ、そのあたりはそのうち分かってくるだろうからとりあえず今は大変面白がっていれば良いと思いましたよ。でも、基本は伝奇小説なんで、『電波的な少女」の続編のつもりで読むのは、作品にも読者にとっても不幸だと思うぜい。全部忘れて読むがよろしかろう。あと、どうでも良いけど、今回、紅香さんが子育てをしなかった理由が明らかになる訳ですが、この人、基本的に子煩悩なんだよね。コミュニケートのやり方が鉄拳しか知らないだけで。まあ上手くいっている親子ではある。

そんなところです。

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