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2006.01.08

歴史はロックンロールで出来ている

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ロックンロール7部作』(古川日出男/集英社)を読んだ。

20世紀のロックンロールを中心に語り(騙り)直した作品。『ベルカ~』に比べると、大法螺の割合が飛躍的に上昇していて、非常に寓話的な印象を受けた。また語り手である女性の軽妙な語り口も含めて、相変わらず騙り(語り)たいことのために、非常に多くの言葉を費やし、工夫を凝らしているように感じられた。

古川日出男は、昔から音楽をテーマに小説を書いている。純粋なる”悪”とすべてを流転させる”音楽”の対決を描いた『沈黙』、ヒートアイランドと化した東京を舞台に”生存”する少年と少女を描いた『サウンドトラック』など、古川日出男は音楽のもたらす力を描き続けている。古川日出男の言う音楽とは、決して特定のジャンルを意味するものではなく、人間が”生きる”時に生じるなんらかのエネルギーの発露、つまりは生きていくと言う行為そのもの(つまりは生存、サバイバル)に付随するもののように思える。それは楽器を持つ必要さえ無く、ただ、人間が生きていこうとするときに、そこに音楽は立ち現れると言う事なのだろう。

この作品も、まさしくその”音楽”の物語だ。謎の語り手”あたし”が雑多な知識と豊かな想像力で、過ぎ去りし20世紀をロックンロール=音楽=生存の世紀として語り尽くす。それは、とあるポップ・スターの音楽がアフリカ大陸の、ラジオすらない土地に届く物語であり、ブルースの魔力が人から人へ繋がり行く物語であり、バラバラになったロックバンドと50年前の故郷の味が結びつく物語であり、無限に彷徨を続ける少年の物語があり、エルヴィス・プレスリーとヒーローについての物語もあり、連綿と続く戦いと音楽の物語だって、20世紀の最後の生まれた少女と自我を表現したい少年の物語だってある。

そこに在るものは、繋がりゆく人と人の生存であり、それぞれの生存が別の人の生存に繋がり行く。その意味を表すものが音楽であり、その音楽は、実の所、実態として存在するものではなく、個人の内部の中で生まれ、誰かに繋がり、それぞれが名付けるのだ。自分達が生きた証として。あるいは過去、あるいは未来に生きた(生きる)誰かの証として。

いつか出会う未来の誰かのために、”彼女”は語り、音楽を流す。

これはただそれだけの話なんだろう。

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