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2005.12.18

『裏庭』読了

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裏庭』(梨木香歩/新潮文庫)を妹に借りて読んだ。日本にもここまで正当なファンタジーがあることに驚きました。以下、感情のままに書いた感想文。

何より素晴らしいと思うのは、『西の魔女~』にもあった”癒し”や”思考停止”への痛烈なまでのアンチテーマとしてのファンタジーを描いているところだろうか。皆が皆、傷を突きたくない、つらい状態ではいたくない、そう言う気持ちを持っている。しかし、その逃避のためのよりどころとしてのファンタジーは、決して梨木香歩は描かない。彼女にとってのファンタジーとは、常に現実に密接に関係のあるもので、現実での問題と言うのは幻想、すなわちファンタジーの中でも問題であって、そのアプローチの仕方が異なっているに過ぎない、と言っているように思える。結局、どこに逃げたって現実は追いついてくるものだし、幻想はその盾にはならないのだ。ならば幻想とはなんなのか?それは武器である。幻想を掲げ、幻想の中で人は自らの問題に対峙できる。そこには庇護はなく、むしろ人間を急き立てるものであり、しかし、そのイメージの力でもって人は現実と対峙する事が出来るのだ。

それこそがファンタジーの本来の役目であり、単なる現実逃避としての手段ではない、生きたイメージの力であると僕は思う。思えば、僕が幼い頃に読んできたファンタジーとは常にそう言うものではなかったのか。現実に関与しない妄想などに意味は無い。それは自らの中だけに目を向けた、自分の傷を延々と舐め続けるに等しい行為であり、それはどこにも出口は無いのだ。

出口を見つけるためには戦わなくてはならない。そのための助けとなるものが幻想であり、つまるところ、人間のもつイメージの力である。イメージの力は現実になんら作用するわけではないけれども、当人にとっての力となりうるものだと思う。イメージと言うのは、もしかすると宗教とかイデオロギーとかと言うものと同じようなものであるようにも思うけど、僕はそれをファンタジーと呼びたい。現実と密接しながら現実をイメージの力で渡るもの。それこそが僕の求めた(求めている)ファンタジーなのだ。

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コメント

やたっ。梨木センセの本だ!

ファンタジーにも自然科学的(SF?)なものと
社会科学的なものがあるのかな。
と夙に思っていたのでありますが、
後者は飽きがこないので大事にしているものが
多いです。心の中で(笑)

オニャノコとオトコノコが云々というのは
物理的な相関関係があるから時々悩みます。
「あぁっ女神様」くらいは恋愛ファンタジーとして
認定したいと思います(爆)

投稿: もりもり | 2005.12.19 00:38

自然科学はともかく社会科学的という言い回しは初めて聞きましたな。まあ意味はなんとなく分からないでもないですが。でもまあ、僕はSFも好きですよ、うん。あれも結局は人間がテーマですからね(アプローチが違うだけなんじゃないかなーと)。

それはそれとして、逃避とファンタジーの関係と言うのは、実のところ明確に出来るものでは無いんでしょうが、単に萌え萌えとするだけでは現実に対抗する手段にはなりえない思うので、もう一歩踏み込みが欲しいなあ、と。その、社会学的(?)に。

その意味では「女神さま」は話も絵も洗練され過ぎていて、逆に引っかかるところが無いような気がします(逃避としてもファンタジーとしても)。まあ、たまに読むだけの僕はあまり良い読者では無いんですけれども…。

投稿: 吉兆 | 2005.12.19 22:14

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