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2005.10.05

『疾走!千マイル急行(下)』読了

4257770627
疾走!千マイル急行(下)』(小川一水/ソノラマ文庫)を読んだ。

ロマンあり冒険あり成長ありと文句なしに面白かった。面白かったけど、毎回褒め称えるのもあれなので、今回は小川一水の弱点と思うところを述べてみようと思う。

端的に言ってしまうと、小川一水の弱点は、悪と悲劇を描けないところである。単に書けないというだけならばまだ救いがあるのだが、問題はこの作者は分かっていて書かないところだ。と言うのは、小川一水は強烈なまでのハッピーエンドへの志向があり、ハッピーエンドのためならば物語を捻じ曲げ、キャラクターを操り、都合の悪いところを隠蔽するからだ。この話で言えば、この列車の旅において多くの人々が犠牲になったはずなのに(戦闘の最中、多くの人々が傷つき死んでいるはずなのに)、まったく血生臭さを感じさせない所だし、また、物語の裏では多くの悪辣で無残な陰謀が張り巡らされてるのに、物語の表面にはほとんど出てこなかったりするのだが、出てこないだけできちんと存在しているのがまたいやらしい。つまり、小川一水は、このような冒険ロマンが成立するには、多くの無残な現実が存在する事を知っていながら、その上でその事実を隠蔽する。少なくとも、主人公たちとは関わらない、どこか遠くの世界の出来事に留めてしまう(例えばドラグストン機関の話なんかいい例だ。主人公とは関係ないところで暗躍し、主人公とは関係の無いところで滅びて、結局、残党に対してすら主人公たちは手を汚さない)。小川一水の世界の中では、人々はすべからく善性を備えており、悪役として登場した人物とて善良な精神を隠し持っている。また物語上、どうしても悪として断罪されなければならないキャラクターは、人物描写を巧妙に避けて読者の共感を呼ばないようにされ、神(作者)の手によって自業自得的に天罰を受け、物語から退場するのである。

前に本で読んだのだが、小川一水は笹本佑一の『妖精作戦』の悲劇性に対するアンチテーゼが小説を書く原点だと言う。アンハッピーエンドを回避するためにさまざまな手段を尽くすのは、おそらくそのためなのだろう。しかし、悲劇性を回避するために悪と悲劇を排除する事で、作品が非常に表層的で書き割りめいた、言い換えればご都合主義的に過ぎると感じることは確かだ。どこか高みから見下ろす作者の視点を意識せずにいられないと感じるのは、やはり、僕は弱点だと思う。

ただ作者もそれはわかっているようで、近年の作品には悪と悲劇を描こうと格闘している印象もあるが、まだ上手く言っていないような気がする。ただ、小川一水は、それが出来る作家だと思うので、今後にも期待していきたいところかな。

まあ、余計なお世話だと思うのだけど。

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