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2005.09.01

『老ヴォールの惑星』読了

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老ヴォールの惑星』(小川一水/ハヤカワ文庫JA)を読んだ。面白いなあ。

小川一水のSFマガジン掲載作を含めた短編集。これが無類に面白い。小川一水のもっともストレートなSF作家の部分と、人間の善性に対する無垢な信頼が合わさった理想郷がここにある。ただ、ここで主張されている人間に対する信頼感は、時にリアリズムを逸脱して単なるファンタジーになってしまうように感じられてしまうのは、僕が人間に対して期待するところの少ないせいだけではない。小川一水を支持できるかどうかの分岐点と言うのは、まさしくそんなところにあって、その無邪気さゆえに拒否感を覚える人はいるのだろうなあ、とは思う。僕は、しかし、その信頼感と言うのは、逆に言えば作者の必死の主張であって、人間とは「そうあらねばならぬ」と言う観念が感じられるので、その理想を追い求める姿勢は結構好きだ。僕もこんな風に生きる事が出来たら…あるいは、世界のどこかではこんな善なるものが存在している可能性が…と言うようなことを思うと、少しだけ泣きたくなるのである。せつねえ…。

単純に読んでいて楽しいなあと思ったのは、冒頭の「ギャルナフカの迷宮」かな。迷宮の設定がありえねーっつーか、そもそもどう言う技術力なのか分からんと思ったけれども、人間としてのすべてを奪われた逆境の中、雄々しく人間性を追い求める姿にはただひたすらに胸が詰まる。電車の中で読んでいたのだけど、ラストのシーンには涙が出そうになった。くっ…涙腺が。

表題作の「老ヴォールの惑星」は、そのあまりのハードSFぶりには嬉しくなってしまう。もっとも”彼ら”の住む惑星サラーハのイメージが最初はなかなか掴めずに難儀した。物理は苦手やねん、僕。しかし、絶滅の危機に瀕した彼らが、惑星のヴォールが示した可能性を求めて死力を尽くして求める様は、やはり小川作品であるなあ、と思った。

「幸せになる箱庭」は、この作者の作品の中ではちょっと異色かも知れない。自由意志(と言うものが存在するとして。あるいは保障されたとして)が存在するのならば、現実と非現実の合間に隔たりなど無い。すなわち、自らが認識するものが現実なのだ…って言う結論は別段珍しいものでも無いような気がするのだが、そこに至る過程がとても面白い。どうでもいいんですが、ヒロインの女の子がみょーに可愛らしいのはけしからんと思うわけですよ。関係ないが。

「漂った男」は、おそらくこの本の中でのベストなのではないかな。主人公の男が陥った状況のユニークさもさることながら、繰り返される会話のすっとぼけたおかしみと、人間性とコミュニケーションと言うテーマが絡み合って不思議な緊張感を生み出しているように思った。そして、そんな中、ギリギリの状況の中で精一杯の勇気をもって前に進もうとする主人公の描写は、いかにも小川作品らしく、しかも、他の作品で見られたような抽象的なものではなく、極めて現実的で感動的だと思った。

今回の作品集で、小川一水のSF作家としての手腕をはっきりと確認出来たのは収穫だと思う。もともとこの人は物語作家としての側面を感じているので、たとえSF的な舞台設定をしていてもあまりSF色を感じさせないところがあった。しかし、これらは間違いなくSFそのものであり、しかも、今までのカラーを失ってはいないと感じさせられたところは素直に凄いと思いましたよ。

どんどん進化して行っているよなあ…この人…。すげえぜ。

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