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2005.08.30

『猫泥棒と木曜日のキッチン』を読了

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『猫泥棒と木曜日のキッチン』(橋本紡/メディアワークス)を読みました。普通だ…実に普通の小説だこれ…。

曜日シリーズ(なんて名称初めて知ったよ。シリーズになっているのか)の第二弾らしいですが、まったく共通点はないようなので初めて読む人にも安心です。

内容のほうも、実に普通と言うか普遍的になっていて、とても電撃文庫作家とは思えない。すばる文学賞とか、文学系の作家だと言われてもあんまり違和感を覚えないほどである。ううむ、前から思っていたけど、橋本紡ってライトノベルより、文学の方に素養がありそうですよね。この作者にはライトノベル的なリアリティ(ここで言うリアリティと言うのは現実のそれではなく、漫画的な荒唐無稽さをいかに小説に落とし込むかの技法を指します)が欠けていると言う印象があって、つまるところはハッタリが下手だと思う(これは三雲岳斗にも言える事だ)。そのため電撃文庫で書いていた作品はあんまり好きでは無かったのだけど(「金曜日~」は別。あれはとても好きだ)、ライトノベルのお約束から離れるととたんに面白く感じられてしまうのは、多分、橋本紡はマンガ・アニメ的な世界観を生み出す事よりも、自分の個人的な体験や感情の切り取り方が上手いためではないかと思った。架空世界を生み出す事は出来なくても、現実と言う世界を舞台にすることで、登場人物たちの繊細な心の機微を描く事に集中出来るからかもしれない。

その意味では、橋本紡がハードカバーから出すと言うのは正しい事なのかもしれない。少なくとも、それにはライトノベルと呼ばれるジャンルの多様性と可能性がある。この作品は、普段ライトノベルを読まないと言う読者層にも受け入れられやすいように思う。

ただその普遍性の代償として、やや全体的に底が浅く感じられてしまうのは残念なところだ。また曜日シリーズと言う”枠”に囚われてしまったのか、やや説明不足の点も否めない(猫泥棒はともかく、木曜日のキッチンについて、作品中における役割が明確ではない)。前作に比べると切実さの点でも一歩劣るか、と言う印象だ。

しかし、押し付けられた不幸を呪うでもなく受け入れるのでもなく、淡々とやり過ごしていく日常の風景の、奇妙な美しさには、やはり胸をかきむしらされるような切なさを感じてしまった。不幸は不幸としてこの世にいくらでもあると言う認識と、それを受け入れたゆえに生じる日常へのあまりに切ない眼差しには心を打たれるのだ。

 
不幸はある。しかし、幸せではないなどとは誰にも言わせない。

そんなフレーズを思いついた。

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