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2005.08.29

『ビートのディシプリン SIDE4』読了

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ビートのディシプリン SIDE4』(上遠野浩平/電撃文庫)を読んだ。うーん、面白いっす。

上遠野浩平のジョジョバトル小説の最終巻にして、ブギーポップシリーズへ直接繋がる第4巻。ビートの戦いには一段落付いたわけだが、世界に蠢く者達の暗躍は、どうやら最終局面に向かいつつあるように思う。オキンジョンもアルケスティスも自らの目的に向かって多くの人間も巻き込みながら何らかの目的を具現させようとしているようだ。
そんな超越者たちの思惑に巻き込まれてしまったビートは、降りかかるディシプリン(試練)の数々に対してひたすらに足掻き、乗り越え続ける。乗り越えたはしから新たな障害が立ち塞がる無限の牢獄の中から、しかし、彼が見出したものとは?という事実が明らかになる。

結局、ビートに降りかかったディシプリンには、ビートに起因するものは何一つ無く、単に「運が悪かった」とされるものでしかないと言う点にまず驚く。「選ばれしもの」としての苦難でも「聖痕」としてのものでもなく、単なる不条理の産物として、何の意味も必要も価値も無いそのディシプリンは、「選ばれたい」と願いながらも平凡な地獄を生きる現代そのものであるようにも思う。この世を生きる事はただそれだけで試練であり、そしてその試練には意味があるとは限らないと言う事を、上遠野浩平はその絶大なる不毛さを語っているように思った。

しかし、それは試練に対して無力であれと言う事ではなく、価値が無いといっているわけでもない。無意味で無価値な試練に対してもなお足掻き続ける事。無力な努力をのた打ち回りながら続ける事。それを受け入れ、なお足掻く事への尊さのようなものを愚直なまでに語り続けるのが上遠野浩平と言う作家なのだ、と思った。上遠野浩平の作品に共通するものは、すべての人間の尊いものを無化しようとする運命に対する怒りであり、いっそ青臭いとさえ言える主張を、一定の説得力を込めて歌い上げる事が出来るのは、まさにその愚直なまでのスタンスなのかも知れない。

作品の中でビートは、ついに地獄のような世界で、無意味な努力を積み重ねる事で、その苦闘に意味を持たせる事に成功する。最後の最後で自らの「カーメン」を見出す事で、自らの積み重ねてきた不毛の歴史を、現在この瞬間に意味あるものへを変容させる事が出来た。それは苦闘を続けていく理由を得たこと、そして自分自身の過去を取り戻した事。それにより、過去におけるすべての彷徨に決着をつけたのだった。

もっともビートの戦いが終わったわけではない。理由を得たビートは、理由を得ただけ重荷を背負う事になったわけで、またその理由さえ、未来において失わないと言う保障は無い。彼の苦闘はまだまだ続くのである。それは”生きる”事に付きまとう困難さであり、決して逃れ得ぬものなのであるが、それでも、その困難さえ今の彼には輝きに満ちているのだろうな。

これ作品は、生きる事への困難さとそれに意味をもたせようとする概念の物語であったのだなあ、と、感じさせてくれたところに、やはり上遠野浩平の偉大さがあると思うのだ。格好いいなあ。

くそったれな人生に意味を与えるファンタジー。これはそんな話であると思う。

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